「Life」を大きな柱に
“新たな挑戦” にもチャレンジ!
ー 映画を拝見させていただきました。冒頭の川の流れの水の表現をはじめ、水中世界やキャラクターがとてもきれいで驚きました。
今回の短編では制作前に “新たな挑戦” をして欲しいとプロデューサー(西村義明さん)からの提案もあり、僕は “CGと手描きの融合” を、ひとつの挑戦としています。
CGでつくった魚に手描きの絵を貼ることで、絵が動いているという感じがしてすごくいいんですが、今はまだCGオンリーのカットがあるので、全部の魚を絵に置き換えれば、もっと美しくなると思っています。全カットに絵を描かなければならないので時間はかかりますが、これは最後までやり抜こうと思っています。
ー 新たなことに挑戦しながらの制作なんですね。
「Life」を大きなテーマに3本の短編映画をつくるというのと、それぞれに何かひとつ挑戦を入れる、ということでスタートしました。今まで水の中の世界はいくつか描いてきましたが、CGの力を使って今までとは全然違う水の表現が描けないかなと、キャラクターだけ手描きにして、それ以外は全部CGでやってみようと決めました。
キャラクターはカエルという案もあったんですが、水の中の生き物を調べているうちに、カニってとても身近な感じがして、ひっそりと生活している様子を自分たちに置き換えてファンタジー作品がつくれないかな、というところからはじまりました。
CGと手描きを合わせるのは思った以上に大変でしたが、やったかいがあるシーンがいくつも観られたんじゃないかなと思っています。
将来を考えると不安だけど
子どもたちには “希望” をみせたい
ー 水の中の世界を舞台にしようとしたのはなぜですか?
窒息しそうな感じというか、カニは水の中でも呼吸できますが、息ができないという空気感で満たされた世界を描きたかったんです。
2017年の暮れに2人目の子どもが生まれたんですが、この子の将来を考えると、今、思う未来は不安な要素が論じられていますよね。息苦しさのあるなかに生まれてきた、そしてこれから生まれてくる子どもたちに、我々は何をみせることができるだろうかと考えたときに、やっぱり悲劇じゃなくて希望をみせたいなと思いました。
それを水を使って表現したくて、魚が泳ぎ、コポコポコポっていう空気がまわりに漂い、降り注ぐ光が波のように水底に広がっている、我々のまわりには怖いものもすぐそばにありますが、それでも世界は美してくて、そのなかを堂々と生きていく。子どもたちには世界って美しいんだということ、そして希望があるんだということを描きました。
メアリとは一変、か弱い主人公にしたい
ふたりで手を取り合って乗り越える
ー 今までの監督作品『借りぐらしのアリエッティ』『思い出のマーニー』『メアリと魔女の花』の主人公は女の子でしたが、今回の『カニーニとカニーノ』は男の子の兄弟が主人公です。主人公を男の子にした理由はありますか?
たまたま今まで女の子が主人公だっただけで、あんまりこだわってはいないんですよね。それよりも、いろいろな年代の子どもを描いてきましたが、その年代の子どもたちがどう感じるか、どのようにまわりと接し、どんなふうに自分と向き合っているか、それをどのように描くかということに一番興味があります。
今回は、今まで描いてきた主人公のなかでも幼い感じです。『メアリと魔女の花』のメアリは転んでも転んでも立ち上がるような強い女の子で、観た人が憧れるような子だといいなと思って描いていました。今回はメアリと全然違う主人公にしたいと思いました。父親の庇護のもとすごく温かく育ってきた兄弟ですが、ある事件で父親がいなくなったとき、どうやって協力して前に進めるか、か弱くてひとりではできないけど、ふたりで手を取り合えばなんとかなるんだというところを十数分の中で描けたら、ひとつの成功かなと思っていて、そこは意識してつくりました。
槍の先にカニの爪を付けたようなハサミを持っていますが、子どもたちのは細いんですよね。お父さんは太くて立派なハサミで、自分が獲ることができなかった魚もパッとつかまえてくれるんです。でもそんな細くて小さいハサミでも、なんとか怖いものと向き合って、工夫して乗り切るんです。戦いの場でハサミが傷つきますが、我々も目には見えないけどみんなそれぞれのハサミみたいなものを持っていて、それで戦わなければならないんですが、成長とともに大きくなって、いろいろなことを乗り越えていける、そういうものをファンタジーの形で描けたらおもしろいかなと思いました。
ー お子さんが生まれる前と比べると、監督ご自身が変わったところはありますか?
子どもがいないと全然わからなかった世界というものがありますね。自分は興味がなかったけど、子どもが興味を持つことで知る場合もあるし、逆に僕が興味を持っているものに子どもが近づいてきたり、お互いに影響し合っている部分はあると思います。
親子の間でもそうだし、これから子どもがいろいろな人と接していく中でも同じようなことがあるんだろうなと思います。ただ、子どもに何かを押し付けるのはよくないだろうなと思っていて、『メアリと魔女の花』をつくっているときはそれをとても意識しました。
子どもには子どもの考えがあるし、親は親、子どもは子どもでそれぞれの “ハサミ” を持っていて、そこはちゃんと把握しておかないといけないなと思っています。そこは、子どもに向けての作品をつくるときに、すごく気を使うところです。
ー それは監督の子育てで大切にされていることでもありますか?
そうですね。ひとりの人間として提案することはありますが、頭ごなしにならないように気をつけています。
ー 上のお子さんは監督の映画を観られる年齢ですね。
小学5年生ですが、映画はあんまり観ないですね。「観ろよ」とは言わないですが、いろいろな子どもがいるんですよね。本を読まない子もいますし、読んだ方がいいけど、頭ごなしには言わない。いろいろな考え方があって、その子なりに生きているんじゃないかなと思っています。
世界も視野に入れた吹替いらずの作品!?
ー 『カニーニとカニーノ』では「カニ語」も新しい挑戦ですか?
日本語でもよかったんですが、長くなりそうだったので、カニ語でやったらおもしろいんじゃないかなと思って、そうしました。キャストのみなさんはずいぶんと戸惑ったんじゃないかなと思っていますけど。
ー でも、小さいお子さんから誰もがお話を理解できますね。
表情とジェスチャーで十分に伝えることができるなとは、ひとつの気づきでしたね。この作品が世界の人に観てもらえるかはわかりませんが、いろいろな国の人にも言葉ではなく、伝えることができたら嬉しいなと思います。
ー「カニ語」の声優さんは、どのように決めたんでしょうか? 木村文乃さんはとても苦労したようなことをお話していました。
プロデューサーの西村さんが、今回はお兄ちゃんと幼い弟を演じてくれそうな役者の方を選びました。お父さんとお母さんは声優の方に演じていただきましたが、いずれにしても全編カニ語ですからね、それは難しいものになるだろうなと思いましたけど、何度も何度もテイクを重ねて、すごく粘り強くやっていただきました。でも、とてもよかったですね、木村文乃さんも鈴木梨央さんも、ふたりともさすがでした。
言いたいことはずっと変わらない
人に寄り添い、背中を押す作品を
ー『カニーニとカニーノ』をはじめ、映画を通して監督が伝えたいことは?
今回も「人に寄り添ったものをつくる」ということを心がけました。それはとても大切なことなんじゃないかなと思うんですよね。人は強くないですから。
スタジオジブリでやってきたなかで、映画が閉じた世界で終わるのではなく、それを観た人が何かを持って帰り、新しいことをはじめるきっかけになるなどして、はじめて “作品” なんだろうなと思っているので、子どもたちに観せるものとなると、本当にこれを子どもが観て大丈夫だろうかと考えます。でもつくっていくうちに、米林がつくるのは “こういうもの”、というのができあがっていくんじゃないかなと思っています。
スタジオジブリから受け継いだ
3人の監督作品に共通するもの
ー ほかの監督作品をじっくり観たのは米林監督も今日がはじめてとお伺いしました。ご覧になって気が付いたことはありましたか?
おもしろかったのは、それぞれがまったく違う作風でつくっているのに、何か共通している部分があるなというところですね。すごく怖いものがあって、それにぶつかるんだけど、それを乗り越えてさらに前に進んで行こうというのが共通しているなと。
3人ともスタジオジブリで長い年月を過ごしていて、自分たちのつくっているものが子どもたちにどういうふうに届くかと考えたときに、悲劇ではなく、やっぱり希望をみせたいということを、それぞれの監督が持っているんだなということを改めて感じました。
ー 今回、米林監督の短編を楽しませていただきましたが、やはり長編も観たいと誰もが思っていると思います。今後の予定で教えていただけることはありますか?
まだ何にもないです(笑)。もう、一歩一歩ですからね。どうなっていくかは、これから次第です。
ー ポノック短編劇場は今回が第一弾ですが、こちらは今後どのように展開されるのでしょうか?
こっちも予定はないです(笑)。でも短編はおもしろいなと思いました。長編はすごくたくさんの人でつくっているので自分の想いが行き届かない部分があって、それはそれでそういうおもしろさではありますが、今回はキャラクター絵は全部自分で描いていますし、ダイレクトに僕の絵で伝えることができるのはおもしろかったなと思います。反面、このテイストで長編をやるのは厳しいな、とも思いましたが。
でも今回はいろいろな挑戦ができた作品だったんじゃないかなと思っています。プロデューサーからも何かひとつ挑戦をと言われましたが、3人の監督それぞれで新しい試みを作品の中に入れて、短編集をつくることができたと思っています。
映画を観てくれる人の中には、いろいろな立場の人がいっぱいいると思うんですが、この “ちいさな英雄” たちのお話がそういう人たちの心に届いて、何か勇気を持って新しい行動をしてみようと思うきっかけになったら嬉しいですね。
【映画レビュー】スタジオポノック最新作! ちいさな英雄 ーカニとタマゴと透明人間ー 2018年8月24日(金)全国公開!
【映画紹介・予告編】スタジオポノック最新作! 2018年8月24日(金)全国公開! ちいさな英雄 ーカニとタマゴと透明人間ー
「ポノックのえほん」と文庫本が発売!
スタジオポノック最新作『ちいさな英雄 ーカニとタマゴと透明人間ー』の2018年8月24日(金)の全国公開を記念して、株式会社KADOKAWAより『カニーニとカニーノ』『サムライエッグ』『透明人間』それぞれの作品を絵本化した「ポノックのえほん」シリーズと、角川つばさ文庫より3作品を1冊にまとめた文庫本を発売! 映画とは違った楽しみ方で、いつまでも子どもたちの心に寄り添い、背中をそっと押すような素敵な絵本・文庫本です。
2018年8月24日(金)発売!
ポノック短編劇場 ちいさな英雄 ‐カニとタマゴと透明人間‐ (角川つばさ文庫)
(角川つばさ文庫)定価:680円+税
2018年8月29日(水)発売!
ポノックのえほん カニーニとカニーノ
ポノックのえほん サムライエッグ
ポノックのえほん 透明人間
定価:各1,000円+税
米林宏昌(よねばやしひろまさ)
アニメーション映画監督。1973年、石川県石川郡野々町生まれ。金沢美術工芸大学商業デザイン専攻を中退。1996年にスタジオジブリに入社し『もののけ姫』(1997年)、『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)では動画、『千と千尋の神隠し』(2001年)で初めて原画を担当。その後、『ギブリーズepisode2』(2002年)、『ハウルの動く城』(2004年)、『崖の上のポニョ』(2008年)で原画を、『ゲド戦記』(2006年)では作画監督補を務めた。2010年に公開した『借りぐらしのアリエッティ』では初監督に抜擢。その年の邦画No.1となる、観客動員765万人・興行収入92.5億円を記録。2作品目の『思い出のマーニー』は第88回米国アカデミー賞長編アニメーション映画部門にノミネートされた。最新作として、ジブリ退社後にスタジオポノックで制作した『メアリと魔女の花』(2017年)がある。http://www.ponoc.jp/
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