星の光から組成を調べる
めざすは “ファーストスター”の発見!
ー 書籍『その話、諸説あります。』では、地球外生命体やブラックホール、宇宙の未来など、誰もが興味ある5つの事柄について、さまざまな諸説を紹介・解説しています。監修ということですが、ネタ出しもされたんですか?
ネタも出しました。多くの人が興味を持っていて、諸説が3〜4つあるものが掲載されています。有力説が2つくらいに絞られているものが多くて、ネタにはけっこう苦労しました。「地球の水はどこから来たの?」や、銀河系の成り立ちなど、掲載できなかったものもいくつかありますね。
ー このような話を子どもにすることもあるんですか?
学校や科学館でお話しする機会をいただいています。私の専門は、本書のトピックスで言うと「宇宙で最初に誕生したのはどんな星?」「金やウランなどの重元素はどこでつくられた?」に関することで、小学校などでお子さんに話をすると、たいてい “難しいな” と思われてしまいますが、地上の石をつくるものも宇宙でつくられてきた、というような話には興味をもってもらえることもあり、好きな子にはハマる、という感じですね(笑)。
ー 先生の専門は「恒星物理学」「天体分光学」とありますが、どんな研究をされているのか、やさしく教えてください。
自ら光る星(恒星)の光を分析すると、その星が何でできているか、そして身近な物質である水素や鉄などの物質が、どこで生まれ、どれくらいあるか、そういうことを調べています。それにより宇宙の歴史における物質の進化、ファーストスター※や銀河の形成について知ることができます。
※ファーストスター:初代星、ビックバンのあと最初にできた星たち。
ー 研究は、具体的にはどんなことをされているんですか?
星の観測をするんですが、望遠鏡で星を見るというよりも、星の光を波長に分けたスペクトルというデータを見ています。
宇宙にはいろいろな星がありますが、太陽系の近くには、太陽に似た星が多いんです。しかし中には、太陽とは構成している物質がまったく異なる星があり、そういう星を探しています。
簡単に言うと、星は大部分が水素(H)とヘリウム(He)、この2つの元素でできていて、残り1%か2%くらいが酸素(O)、炭素(C)、鉄(Fe)など我々の体も構成している物質です。
その1〜2%という割合が、星によって異なります。これが10%もある星はありませんが、0.001%など少ないことはあるんです。そういう重い元素の少ない星、究極はそれが0%になる星を探しています。
ー それが本書にもある最初に誕生した星「ファーストスター」ですか?
そうです。138億年前に起こったビックバン直後の宇宙に最初に存在した元素は水素(H)とヘリウム(He)なので※、ファーストスターを構成している物質が水素とヘリウムであることは、ほぼ間違いありません。その後、いろいろな星で水素とヘリウムよりも重い元素がつくられはじめ、じわじわと宇宙全体に増えていったというイメージを持っています。
そのため、そういう重い元素の少ない星を調べるということは、宇宙のはじめの頃に生まれたファーストスターに迫っているということです。そういう星を探し、調べています。
※ごく微量ながらリチウム(Li)もあった。
重い元素の少ない星はいろいろな情報を含んでいて、究極はファーストスターの生き残りを見つけることが大きな課題ですが、今のところ見つかっていません。ファーストスターの多くは太陽よりずっと重い、質量の大きな星だったとみられていて、質量の大きな星の寿命は短いので、そういうファーストスターはとうの昔に寿命がつきて爆発してしまったと考えられています。
しかし、ファーストスターの次の第二世代、第三世代の星には寿命の長い軽い星もあったと考えられていて、こういう星を見つけることはできるだろうと考えています。それらの星は少しだけ重い元素を含み、これをつくったのはファーストスターだけだと思われるので、第二世代の星を調べることで、ファーストスターがどんな星だったかもわかってきます。
宇宙や銀河の成り立ち
ファーストスターからわかること
ー 星には、重い元素はあったとしても1〜2%とか、そんなに少ないんですか?
太陽の場合、重さで言うと1.5%ほどですね。
ー ファーストスターを見つけて調べることで、どんなことがわかりますか?
水素とヘリウムで組成されているファーストスターですが、内部では核融合によって重元素をつくり出し、超新星爆発を起こすことで重元素をばら撒きます。それをもとに以後の世代の星ができるので、ファーストスターは多くの星のもとであり、宇宙や銀河の成り立ちにかかわる星と言えます。
とくに、ファーストスターの中に太陽の100倍以上の重さの星があったか、は結構大事なポイントです。これほど重い星は超新星爆発の中でも特殊な大爆発を起こすことがわかっていて、そういう星が宇宙のはじめに多数あったとすると、以後の宇宙にも大きな影響を与えたと考えられます。
これほどの重さを持った星は、おそらく割合としては多くなかったと思いますが、一回爆発が起こるとそのエネルギーは凄まじく、まわりのものを吹き飛ばしてしまったでしょう。それが広い範囲に影響をおよぼし、新しい星をつくるのにも影響するとか、そういう効果があるはずなので、それだけの重い星が、どれくらいの割合で存在していたか、0ではないし、そればかりということもないでしょうが、1割なのか1%なのか、そこに非常に興味を持っています。
また、ブラックホールとの関係も注目されています。2016年に “重力波” が初めて観測されたことがニュースになりました。太陽の30倍くらいの質量を持つ2つのブラックホールが合体し重力波が発生していました。重力波が検出される前は、これほど重いブラックホールはまれで、その合体による重力波はあまり多くは検出されないだろうと思われていました。しかしこれがけっこう頻繁に起こっていたことがわかり、意外にも重いブラックホールが宇宙にはたくさんあることがわかってきたのです。
しかし、太陽の30倍もの質量を持つブラックホールがどのようにしてできるかは、よくわかっていないんです。今わかっている重い星は太陽の100倍くらいですが、爆発の前にはそれらも表面から物質を失ってしまって40〜50倍程度になり、それが爆発してできるブラックホールは太陽の数倍、大きくても10倍くらい。なので太陽の30倍もの質量を持つブラックホールということは、もともとの星は爆発直前でももっと重かったはずなんです。
その候補のひとつがファーストスターで、太陽の100倍近い重さの星が爆発して重いブラックホールをつくったのかもしれません。そのようなブラックホール2つがお互いのまわりをぐるぐるぐるぐる100億年以上まわり、合体したということかもしれません。
そうじゃないかもしれないので、これこそ諸説ありますが、最近のホットな話題です。だからこそファーストスターを見つけて、調べてみたいんです。
ファーストスターと
巨大ブラックホールの関係
ー ブラックホールは2019年にはじめて撮影できたことでも話題になりました。
これは先ほどお話しした重力波で見つかってきたブラックホールとは違って、銀河の中心に居座っている巨大ブラックホールです。撮影できたブラックホールは太陽の100億倍もの重さのある桁違いに巨大なものです。それが生まれた諸説については本書に詳しいですが、先ほどのようなブラックホール2つが合体しても太陽の100億倍にはなりません。まだまったくわかっていませんが、もともとのタネになったブラックホールが、ひょっとしたらもっとずっと大きなファーストスターから生まれた可能性もあると言われています。
通常ブラックホールは、質量の大きな恒星が自らの重力で潰れて超新星爆発を起こし、残った核が収縮を続け、高密度となった天体のなれの果てです。しかし太陽の300倍以上の質量のガスが集まると、重すぎるために爆発することなくブラックホールになると考えられており、重いものでは太陽の10万倍もの質量に達するかもしれないと言われています。これがタネとなり、合体することで太陽の100億倍ものブラックホールができるのかもしれません。しかし現在のところ、太陽の10万倍ものブラックホールが直接誕生したことを裏付ける観測事実は見つかっていません。
本書では4つの諸説を紹介しています。望遠鏡の性能があがることで、将来、この謎も解けるかもしれません。
星を直接見ることはあまりない
見ているのは、観測データ
ー 研究では実際に天文台で星を見ることもあると思いますが、他にはどんなことをされているんですか?
国立天文台のすばる望遠鏡のような現在の大望遠鏡では、観測自体は年間で数日とか、ごく短い時間です。望遠鏡を動かす作業は観測所の方がやってくれるので、どんな星をどのように観測するかを指定して、とれたデータをすぐに見て、これでOKとか、もう一回とり直してとか判断するのが観測者の役割です。
だから観測に立ち会ったとしてもデータを見るのが仕事ですし、最近は望遠鏡のある場所に足を運ぶことも少ないですね。東京からハワイにあるすばる望遠鏡にも指示を出せますから。
ー 星空を見上げるということはないんですね(笑)。
全然ないです。コンピュータの画面を見てます。ハワイの山の上まで行って、見ているのはコンピュータのモニタです(笑)。
観測以外で普段やっていることは、研究に関することだとデータの解析ですね。しかし出てきた結果もすべて一人で最初から最後まで研究するわけではないので、いろいろな人と情報交換をして、結果が出てきたらこういう内容で発表しよう、などと話しあったりしています。論文を書き上げるまでにはずいぶん時間をかけるものです。
地球外生命体は存在する?
そして、いたらどうなる?
ー 地球外生命体については多くの方、子どもも興味を持っています。本書でも4つほどの諸説がありますが、先生はどのようにお考えですか? 最近は “多くの科学者が生命体はいると考えている” という前提でテレビ番組などがつくられたりしています。
生命はけっこういるんじゃないのかなというのが、自分の感覚ですね。地球が誕生したのが46億年前で、少なくとも38億年前には生命がいたはずなので、生命というのは割と誕生しちゃうんじゃないのかな、という印象です。
ただそれが進化して、巨大な植物や大きな動物になるかと言われると、それはちょっとわからないですね。
ー 知的生命体の存在は、わからないと?
わからないですね。実は生まれやすいのかもしれないし、地球よりも進化の速い環境というものがあるかもしれないし、そこは本当に、予測できるものなのかすらもわからないです。ただ、あまり太陽系や地球を特別視してはいけないような気はしますね。
ー 環境汚染によって地球に住めなくなることを見越して、火星への移住を考えている人もいますが、それは実現可能でしょうか?
ほとんど見込みはないと思っています。火星の環境を変えるくらいなら、地球をコントロールする方がはるかに容易いはずです。少なくとも、現在の我々は地球に適応してしまっているので、まったく違った環境で生きていくのは非常に難しいことだと思いますし、火星の環境をコントロールするのも大変なので、その前に地球をなんとかしましょう、と思います。
しかし他の環境に適応した生命はいてもいいと思っています。彼らにしてみると、我々とは逆に、地球に住むのは大変かもしれませんね。
ー ハビタブル・ゾーン※も、我々のような生活をしている生物に必要な環境ということですよね。
液体の水があるかどうか、これが我々から見ての最低条件ですが、ここから外れたら生命がいないということではありません。
最近は太陽系でも土星や木星の衛星の地下に生命がいるんじゃないかという話があります。そこはよく言われているハビタブル・ゾーンではありませんから、そういうところで生命が見つかると、太陽系以外の惑星の生命のあり方や、その見つけ方も考え直さなければならないですよね。
※ハビタブル・ゾーン:我々のような生命が存在する条件で、「恒星の周辺において十分な大気圧がある環境下で、惑星の表面に液体の水が存在できる範囲」を指すことが多い。
ー 研究者の方々は、真剣に地球外生命体を探しているんですか?
真剣になってきた、というのが正しいですかね。30年前は特に太陽系外の生命を探すのはいわば荒唐無稽な話で、もちろん真剣に考えている人はいましたが、「まぁ現実には無理だよね」という印象でした。しかし今は太陽系外惑星がたくさん見つかってきて、その大気を調べる動きが活発になってきました。大気が地球と似ている惑星が見つかれば※、生命が存在する可能性があるのでは、というのが現実の課題になってきました。
※2020年4月16日(木)に「地球サイズの系外惑星発見 液体の水も存在可能 – NASA」というニュースがありました。大気は地球とは異なるようですが、地球に似た星はかなりの数あるようです。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041601172&g=int
ー 微生物のようなものでも生命が見つかると、どんなことが起こるでしょうか?
太陽系なら、“こういう生命がいた” ということがわかると思います。となると、その生命を地球に持ってきていいものかという問題が出てきます。それくらいインパクトがありますね。
そして地球とはまったく異なる環境で、独立した生命が誕生しうるのかという問題に答えが出ますし、地球にいる生命と比べて似ているのか違うのか、生命観や生命の定義にもかなり影響があると思います。
しかし太陽系外だと直接の行き来ができないので、生命の強い証拠は見つかるかもしれませんが、ズバリここに、“こんな生命が住んでいます”、というのは簡単には言えないと思います。せいぜい言えるのは「光合成が起こっているみたい」くらいでしょうか。これだけでもすごいことですが、太陽系の中で見つかるのに比べると、はるかに難しいことになりますね。
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宇宙の研究者をめざしたきっかけ、子どもたちが就ける宇宙に関するお仕事
青木和光(あおき わこう)
1971年生まれ。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修了。博士(理学)。専門は恒星物理学、天体分光学。国立天文台准教授(TMTプロジェクト)、総合研究大学院大学准教授。すばる望遠鏡高分散分光器(HDS)などを使った分光観測に基づき、恒星内部での元素合成と銀河進化への影響について研究。進化の進んだ巨星の質量放出現象にも興味を持つ。さらに次世代超大型望遠鏡TMT(Thirty Meter Telescope)の建設に携わり、従来の望遠鏡では観測できなかった天文学の謎に挑んでいる。著書に『星から宇宙へ』『物質の宇宙史―ビッグバンから太陽系まで』(ともに新日本出版社)がある。
国立天文台
https://www.nao.ac.jp
その話、諸説あります。
監修:鈴木悠介、山岸良二、竹田淳一郎、成島悦雄、青木和光
編集:ナショナル ジオグラフィック
発行:日経ナショナル ジオグラフィック社
1,750円(税別)(2020年2月発売)
この世界で起きていることのうち、教科書に載せられるのはごく一部。それ以外は、いまだ答えのわからない問いと、それに答えようと試みる無数の諸説だ。
本書では、「モナ・リザのモデルは誰?」「徳川埋蔵金はどこにある?」「地球外生命体はいる?」など、いまだ謎に包まれ、次から次へと新しい説が生まれては消える、研究者たちが頭を抱える24個の問いと102個の諸説を紹介。どの説も本当だと思えるが、証明はされていない。この世は諸説でできている。そして、答えがわからないから、おもしろい!
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