ムシだけどムシじゃない「クマムシ」ってどんな生き物?
マイナス273度の極寒、水深1万メートルの75倍に相当する圧力、放射線、食べ物や水がなくても、さらには空気のない宇宙空間でも生きていられる生物。こんな生物がいたら、どんな姿を想像するでしょう? 映画「エイリアン」のように硬い甲殻に覆われたグロテスクで強そうな生物でしょうか? さらに、そんな生物が、わたしたちのごく身近にいるとしたら、どう思いますか? 襲われたら、私たちに勝ち目はなさそうです。
上記の能力を持っているのが、いま話題の「クマムシ」。極限環境への耐性能力について、詳しくはクマムシ博士こと堀川大樹先生の書籍『クマムシ博士の クマムシへんてこ最強伝説』を読んでいただければと思いますが、「クマムシ」はこの地球上で一番と言われるほどの最強生物です。最近ではさらに注目度があがり、世界各国から続々と新しい研究結果が発表されています。
「クマムシ」は体長0.1〜1mmほどの生物で、現在見つかっているだけで1,200種類以上。実際には昆虫ではなく、4対8脚を持つ緩歩動物(かんぽどうぶつ)です。ずんぐりむっくりした体で熊のように歩く姿から「クマムシ」と名付けられ(英語では「water bear(水の中の熊)」)、そのかわいらしい姿に堀川先生は一目ボレ、以来15年にわたり研究を続けています。
まだまだ謎の多いクマムシは、種類によって食べるエサが異なり、またそのエサが何かがわからないため、飼育して研究できるクマムシがごく少数という状況にあった2008年、堀川先生がクロレラで飼育できるクマムシを発見、「ヨコヅナクマムシ」と名付けました。それまでは「オニクマムシ」で研究されていましたが、肉食で飼育が難しい。クロレラで飼育できる「ヨコヅナクマムシ」の発見により、日本のクマムシ研究は飛躍的に発展しています。
人の半致死量の1,000倍の放射線に耐えられる!
クマムシの秘密をクラウドファンディングで集めた研究費で探る
ー 書籍『クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説』は、小学生くらいなら読めるよう、優しく書かれていますね。本書執筆の経緯は?
毎日観察していないとわからないような、クマムシの仕草やかわいさを伝える本をつくろう、ということでスタートしました。生き物に関心のあるお子さんでも楽しめるようにイラストが豊富な優しい雰囲気にしていて、小学生くらいなら読めると思いますが、難しい表現もあるので、小さなお子さんの場合は、親御さんと一緒に読んでいただければと思っています。
内容はクマムシを扱っていないとわからない本格派なので、生き物が好きな人が読んでも知らないことばかり、マニアックなネタ満載だと思います。クマムシはとても魅力的な生き物なので、子どもたちにも、もっとクマムシのことを知ってほしいですね。
ー 身近にいる生物にも関わらず宇宙にまで話が広がるのは、クマムシの奥深さも感じさせてくれて、とても楽しく読ませていただきました。先生はいま、クラウドファンディングで研究費を集めています。最初の目標の200万円は早々に達成し、今は300万円に向けたセカンドチャレンジです。多くの方が関心を持っていると感じましたが、協力している方は、どんなことに期待を持っていると思われますか?
やっぱり、クマムシというこの小さな生き物の秘密をもっと知りたいというのが多いですね。
■ クラウドファンディング「最強生物クマムシの耐性の謎をゲノム編集で解明する!」
ー 2013年に出版した書籍『クマムシ博士の「最強生物」学講座: 私が愛した生きものたち』と、今回の『クマムシ博士の クマムシへんてこ最強伝説』の間にもたくさんの新しい発見があったと思いますが、最近わかった驚くようなクマムシの秘密はありましたか?
『クマムシ博士の クマムシへんてこ最強伝説』にはギリギリ載せられなかったんですが、クマムシのDNAには特殊なタンパク質がくっついていて、そのタンパク質によって放射線を浴びてもDNAがなかなか切れない、つまり放射線への耐性をもたらしていることがわかりました。人の半致死量(投与した動物の半数が死亡する用量)の1,000倍となる4,000Gy(グレイ)もの放射線照射にも耐えられます。
また本に掲載したものでは、オニクマムシがセンチュウを食べるという報告はありませんでしたが、これを初めて見つけました。オニクマムシを15年以上研究している第一人者 鈴木忠先生も見たことがなかったもので、これは毎日の観察の賜物です。運もありますが。
クマムシにはまだまだこのような新しい発見があります。しかもこれは研究者じゃなくても、小学生でも毎日観察していれば見つけられる可能性のあるものです。
実際ある中学生は、クマムシを種類ごとに窒息させる実験を行ない、種によって窒息しやすさに違いがあることを発見しましたし、小学1年生の7歳の男の子からは、野外から集めたクマムシにさまざまなエサになりそうなもの、たとえばミジンコのエサや苔のジュース、ドライイーストなどを与えた結果、ドライイーストだけで育てられるクマムシを見つけたと教えてくれました。
僕も同じ方法で「ヨコヅナクマムシ」のエサを発見しましたが、ドライイーストがエサになるクマムシがいるということは、200年以上のクマムシ研究のなかで誰も報告していないものでした。クマムシは種類も多く、まだまだわかっていないことだらけなので、小学生でも、いくらでも新しい発見ができるんです。
小学生でもできるクマムシの研究、誰もが新発見できる可能性が!
ー 本ではクマムシの飼育は難しいと書かれていましたが、小学生が夏休みの宿題でクマムシの研究をすることはできますか?
実体顕微鏡があればクマムシの観察はできます。身近にいる生物なので、苔を採取して水に一晩つけておくと、そこにクマムシがいれば苔から這い出てきます。そして飼育に関しては、ドライイーストで育てられるクマムシがその中にいれば可能ですね。クマムシは種類がたくさんいるので、野外から集めてドライイーストやその他のエサ候補を与え、食べるかどうか試してみるとよいでしょう。
ヨコヅナクマムシの飼育は確立しましたが、エサが「生クロレラV12」という特殊なものなので、エサを入手するのが、ちょっと難しいかな。
・「クマムシ博士のむしブロ」クマムシ採取の方法
・「クマムシ博士のむしブロ」クマムシの飼育法(ヨコヅナクマムシの場合)
ー 飼育ができたとすると、そこから先はどんなことを調べればいいでしょうか?
自分でクマムシを乾かしてみて、どんな乾かし方をしたら“乾眠”し、水を与えると生き返るかを、いくつもやり方を変えて実験してみることですね。ドライヤーなどで急速に乾燥させるとうまく乾眠できません。こうすれば絶対にできるという方法はわかっていませんし、まだ答えがないものなので、自分で考えて、工夫して、いろいろ試してみるというのが研究であり楽しみです。
前述の小学生がすごかったのは、ドライイーストを与えるという、誰もやっていなかったことをやってみたことですよね。そこには本当に“科学者の心”があるなと思いました。誰かの真似ではないので、もっとも科学者らしい姿です。
ハリウッド映画にもなった「クマムシ」
乾眠で人類はより進化できるか!?
ー 世界的にもクマムシが注目されているようですが、それはどのような理由からですか?
突然注目されはじめたということではなくて、徐々に広がって浸透してきたかな、という感じです。
日本だと2003年頃にテレビ番組「トリビアの泉」でクマムシが取り上げられて広まって、それからはメディアにちょこちょこ出ていました。でも僕の独自調査では、それでもクマムシを知っていたのは1〜2割程度だと思います。
しかし2014年にお笑い芸人の「クマムシ」がブレイクし、それによってムシ(正確には動物)の方のクマムシの認知度も8割くらいにあがりました。あとは私のつくったクマムシのキャラクターも、少しは貢献しているかな(笑)。
世界、特にアメリカでは、ディスカバリーチャンネルなどではたまにニュースになっていましたが、ナショナル ジオグラフィックなどのメディアでは定期的に取り上げていたので、「このタフな生き物は何なんだ」とSNSに投稿する人が増えたり、サイエンスコミュニケーターがYouTubeにクマムシを解説する動画を掲載したり、草の根のような形で広く浸透したおかげで、2015年に「クマムシには外来の遺伝子がたくさん入っていた」という論文が出たときにはかなりニュースで取り上げられました。結局これは信ぴょう性に欠けるものだったんですが、盛り上がりを感じることはできました。
2016年に東大の研究グループらとの共同研究で発表した、「DNAに特殊なタンパク質があって放射線からの耐性をもたらしている」というのも、BBC、ワシントンポストなどいろいろなメディアで取り上げられ、注目されました。
ー クマムシの能力に、多くの人が関心を示しているということですね。
そうですね。能力ですね。日本だとそれにプラスして“かわいい”というのも魅力として語られていますが、アメリカはSFっぽい強さが魅力のようです。実際2015年には『X-コンタクト(原題:Harbinger Down)』というSF映画がハリウッドでつくられています。クマムシのDNAを取り込んだ人間がモンスターになって襲いかかるみたいな、かなりめちゃくちゃな内容でしたが。
ー そうなるとやはり気になるのは、今の医療では治せない病気を、コールドスリープのように乾眠することで未来で治療するとか、乾眠してロケットに乗って遠くの惑星に行くとか、そういうことが可能になってくるでしょうか?
今の段階では、その可能性はゼロではない、ということくらいしか言えないですね。
とりあえず、まずはエビですね。タイやベトナムで養殖しているエビを冷凍して船で日本に運び、それをトラックなどで日本各地に届けています。これにはものすごいエネルギーやコストが必要ですし、環境にもよくありません。しかしタイやベトナムで干しえびみたいに乾眠させることができれば、常温で輸送できますし、重量も冷凍に比べて驚くほど軽くなります。それを運んだ先で好きなときに水で戻せば新鮮なエビを食べられます。これは人間をドライスリープさせるよりもはるかに可能性としては高いと思っています。まずは桜えびくらいからはじめてみたいですね。5年後くらいには、こういう研究を進めていけるようになりたいと思っています。
ー そのためには、今やっているクラウドファンディングなどで集めたお金でクマムシの遺伝子の解析という研究が必要になってくるんですね。
そうですね。クラウドファンディングで集めたお金では、どの遺伝子のレパートリー、セットが、乾燥しても生きていられる能力を与えているのかを探ります。それがわかれば、将来的にはそれをエビに入れ、実際にエビが乾燥に耐えられるようになるのか、そういうことをやっていきます。
ー 世界的に注目されてきているので、研究者も増えているんですか?
だいぶ増えてますね。クマムシにはずっと興味はあったけど飼育が大変だから手を出せなかったという研究者が、ヨコヅナクマムシなら比較的簡単に飼育ができるということで参入したり。いま一緒に研究している荒川和晴さんもそうですね。ゲノムの解析も進んでいますし、世界的に盛り上がっています。
ーこれだけ注目されていると、国から研究費が出たり、補助はあるんですか?
国から研究費が出ているクマムシ研究者はいますが、僕はまだ国からの補助はいただいていません。今回のクラウドファンディングも、あまりにも挑戦的すぎるところがあって、申請してもまだ通らないと思います。でも僕が研究をはじめた15年前に比べれば通りやすくなっていると思うので、とれる手段は全部とって研究を進めたいですし、国も振り向いてくれれば嬉しいですね。
ー 研究にはお金が必要ですが、それをキャラクタービジネスで集めるという発想もすごいですよね。今までの研究者の方には思いつかない発想だと思います。
すごいんじゃなくて、相当アホなんですよ(笑)。生まれつき “あまのじゃく” で、それがすべてかな。まわりと一緒というのがダメなんですよね。なんか違うことをやりたいと思ってしまうんです。
■ 次ページは堀川先生の子供時代、親御さんとの関係、クマムシ研究に至った経緯など。“あまのじゃく” なお子さんを持つ親御さん必読!
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クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説
堀川大樹
1,400円+税
日経ナショナル ジオグラフィック社
宇宙空間に放り出されても死なない不思議な生き物「クマムシ」。そんなクマムシの信じがたい生態から愛すべき弱点まで、研究室で日々観察しているからこそ発見できたクマムシ博士の研究室の成果を、たくさんのイラストとともに紹介。クマムシを愛するすべての人と、クマムシを知りたい全人類に向けた一冊。人気キャラクター「クマムシさん」のイラスト、そしてシールも収録。
堀川大樹(ほりかわ だいき)
1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶應義塾大学先端生命科学研究所特任講師。北海道大学大学院地球環境科学研究科にて博士号取得。NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施した後、パリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所に所属。著書に『クマムシ博士の「最強生物」学講座 ─私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 ─地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)がある。ブログ「むしブロ」、有料メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad/@kumamushisan。
・クマムシ博士のむしブロ:http://horikawad.hatenadiary.com
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