2018年夏に映画『モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険』が公開されます。子どもはもちろん、世代を超えて世界中で愛されている絵本『おさるのジョージ』の原作者夫妻の知られざる波瀾万丈の人生を、かわいいアニメーションを交えて再現したドキュメンタリーです。そして、この映画の監督が日本人の山崎エマさん。クラウドファンディングで2,000万円近くものお金を集め、26歳という若さでつくりあげた映画は、ロサンゼルス映画祭など数々の映画祭で上映。世界で活躍するエマさんに、映画、クラウドファンディング、そしてイギリスと日本のハーフという自らのアイデンティティについて、話をお伺いしました。(インタビュー:2017年11月13日(月) / TEXT:キッズイベント 高木秀明 PHOTO:大久保景)
この映画は “私がつくる!”
何も決まってないなかインタビューを開始
– 映画『モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険』を拝見させていただきました。
絵本『おさるのジョージ(ひとまねこざる)』の原作者は、ハンス・レイとマーガレット・レイというユダヤ系ドイツ人の夫婦です。夫のハンスが絵を描き、妻のマーガレットがお話を書いていました。
パリに住んでいた2人は1940年6月、ナチスの侵攻から逃れるため、自転車に乗って戦火のパリを脱出するのですが、極限まで切り詰めた荷物の中にはジョージの原稿がありました。映画ではジョージとともに戦争をくぐり抜けた2人の波瀾万丈な人生を、たくさんの資料とインタビュー、親しみやすいアニメーションで描いています。
ハンスとマーガレット、この夫婦のことをたくさんの人に知ってもらいたいと思ってつくりました。日本では2018年の夏に公開予定です(シネマカリテにて限定公開ほか全国順次ロードショー)。
– 小学生のころ図書館で『おさるのジョージ(ひとまねこざる)』を見つけて以来のファンですが、作者がユダヤ系ドイツ人のご夫婦で、こんな人生を送っていたとは、まったく知りませんでした。
私も子どものころに絵本は読んでいましたが、日本語で読んでいたから日本のおさるだと思っていました。でもニューヨークの映画大学に進学したとき、『桃太郎』や『きかんしゃトーマス』は誰も知らないけど、おさるのジョージのことはみんな知っていて、ジョージはいろんな国にいるおさるなんだと気が付きました。作者の劇的な人生の話も、小さなころから身近にあった絵本の作者だったからこそ惹かれました。
※モンキービジネスの英語版トレーラー– この映画を撮ろうと思ったきっかけは?
知人を介して知りあった原作者の資料を管理している財団のレイ・リー・オンさんから、「ジョージの原作者の話を知ってる?」と教えていただいて興味を持ちました。でもとてもすごい話なので、絶対にもう映画化されていると思って何度もGoogleで検索しましたが、映画が見当たらない。何度確認しても見つからないので、それなら “私がやらないと!” と思ってはじめました。
まずは自分の貯金で機材を安く借りて、大学時代の仲間と一緒に、とりあえず作者の知り合いのインタビューから撮りはじめました。お金がなくなったら仕事をしてお金を貯めて、次はあの街にいるこの人に話を聞こうとか、そうやってインタビューを撮れば撮るほどおもしろくなっていきました。
だんだん知り合いも増えて情報や資料も集まるようになると、これを作品として映像化するには何をしなければならないかを決めて、資料のないところはアニメを使おうとか、調べたり、つくりながらやることが見つかって、最終的にこの形になりました。
インタビューを撮りはじめたころは、どんな話にするのか、どう終わるのか、入口も出口もまったく決まっていませんでしたが、映画をどうするかを決めてからの撮影だったら、おそらくまだはじめられていなかったんじゃないかと思います。
– ドキュメンタリーの良さは、そういう、どうなるかわからないけどはじめちゃえ、ということができるところですか?
そうですね。劇映画って脚本があって、役者さんやセットも決まって、決められた期間、たとえば6週間で撮影するとかですよね。編集に時間がかかることはあっても、撮影はまとめて撮ることがほとんどです。でもドキュメンタリーは、撮影することによって新しい発見や、撮影しなければならないことがわかることも多くて、最初からすべてわかったうえでの撮影ではないんです。だから資料がないところはアニメ化しようとなって、急遽アニメーターと話あったりとか。
– そうすると、なかなか終わりが見えないですよね。
そうなんですよ。でも映画を撮りはじめてから3年目にクラウドファンディングをしたことで、「私もマーガレットをよく知っている」とか、ブラジルにいるハンスの親戚も連絡をくれてインタビューをさせていただきましたが、ほとんど知っている話で、そのとき私の中で、だいぶふたりの話は集まったんだなという実感があって、これ以上、新たにインタビューや資料を探す必要はないなと、終わりが見えてきました。
レイ夫妻の勇気を伝えたい!
ふたりの人生からきっと何かを得られる
– 日本では2018年の夏公開予定ですが、海外では2017年に公開しています。観た方の感想は?
2017年の6月に開催されたロサンゼルス映画祭で10本あるドキュメンタリーのうちのひとつに選ばれ、映画監督としてワールドプレミアに出席しました。最初の映画の最初のワールドプレミアって生涯に1回しか経験できないことですし、大きな劇場で満員の観客が笑ったり、最後はうるっとしたり、それを体感して、最後にQ&Aをしたときは、超嬉しかった。
ジョージのことを知らない人も感動してくれて、「レイ夫妻のスピリットを感じることができた」「レイ夫妻を知り合いのような気持ちにさせてくれた」「勇気をもらった」という意見が多くて、ふたりの勇気や、ふたりが冒険家だったということをうまく伝えられたと思いました。
レイ夫妻のことを知ることで、戦争を経験していなくても、ユダヤ人じゃなくても、このふたりから何か得られることがあると思って映画をつくっていたので、それが伝わった感じのコメントをもらえたのはよかったですね。
ジョージと一緒ならわかりやすい
子どもたちが世界や戦争を学ぶときの教材に
– 『おさるのジョージ』というと子どもも観られる映画かと思いますが、戦争の話でもありますし、小さい子どもにはちょっと難しい内容ですね。
子ども用の映画ではないので、早くても小学校高学年くらいじゃないとわかりづらいですね。だから私としては、幼稚園や小学校低学年でジョージを大好きになった子どもたちが、もうちょっと大きくなって、世界のことや戦争のことを学びはじめたときに、その入口として使ってもらえたらと思っています。
ジョージという思い入れがあるキャラクターだからこそ観やすいし、学校の図書館にあったり、学校の教材で使ってもらえたら嬉しいですね。楽しく観られると思うので、そこから戦争についての授業をしたり、ヨーロッパやユダヤ人のことを勉強する教材などにも、将来的にはなったらいいなと思っています。
クラウドファンディングで夢を実現!
でも「もう一回やりたいとは思いません(笑)」
– この映画をつくるため、クラウドファンディングで映画制作に必要な2,000万円を集めましたね。
クラウドファンディングでは最終的に1,500人くらいの方にご協力いただきました。全員ではありませんがリターンも相当な数があり、プレゼントの発送はとても大変でした。Tシャツは少しプリントが曲がっているとクレームがあったり、それらをすべてひとりで対応しなければならないのは辛かったですね(笑)。
でもクラウドファンディングのいいところは、リターンをすれば、寄付していただいたお金はプロジェクトに関することなら自分の好きなように使えることです。通常、映画は投資をされたら、投資家から内容をはじめいろいろなプレッシャーを受けますから。
また映画をつくりはじめてから2年経っていて、3年目の直前で、たくさんの方から支援をいただけたことは、“やっぱり自分のやっていることはおもしろいんだ” “多くの人が映画を待ってくれているんだ” ということがわかって、自信にもなったし、いいものをつくらなきゃと気合いも入りました。
クラウドファンディングがなければ映画はできていないと思いますし、そこで注目を浴びたからこそ、配給会社にも興味を持ってもらえました。目標額に達したのがギリギリで、今までの人生のなかで一番大変で命を削ったと感じていますが、それだけの価値はありましたし、ジョージという味方もいて、やってよかったなと思っています。もう一回やりたいとは思いませんけど(笑)。
– 1,500人の支援で2,000万円って、ひとり平均1万円以上です。かなり高額ですよね。
そうなんです。普通はひとりの支援額は3,000円くらいなんです。私が高額にできた理由は2つあると思っていて、ひとつは、まったく知らない人から1万ドル(約110万円/2018年1月末現在)という、高額支援の方が何人かいらっしゃったんです。
もうひとつは、『おさるのジョージ』の作者がユダヤ人だったということが大きいと思っています。お名前からしか判断できませんが、ユダヤ系の方は100ドル〜200ドル(約1万1,000円〜約2万2,000円/2018年1月末現在)の寄付が多かったんです。「ジョージの作者はユダヤ人だったんだ!」と、はじめてクラウドファンディングをされた年配の方もたくさんいらっしゃって、ユダヤ人の方もその事実をご存知ない方は多かったようです。日本人も200人くらいいましたね。なかには2017年の夏に松屋銀座で開催した『おさるのジョージ展 「ひとまねこざる」からアニメーションまで』に来てくださった方もいました。
締切の5日前はまだ700万円近く足りなかったのに、最後に支援金を倍にしてくれた人がいたりして、最後の最後で目標額を達成しました。その瞬間はネットで生配信しましたが、大号泣でした。
お金もない私に仲間がついて来てくれた理由
映画はひとりじゃつくれないから、おもしろい
– 『モンキービジネス』をつくるのに、たくさんの大学の仲間がエマさんに協力しています。協力してもらうコツ、工夫などはありますか?
監督ってリーダーにならなくちゃいけなくて、私生活からすべての面で、この人にだったらついて行こうと思ってもらえる人間にならないと、誰もついてきてくれないと思うんです。その部分ではさらに自分磨きをしていかないと、今回はうまくいったかもしれないけど、次はできないなと。それはひしひしと感じていて、いい映画が撮れるということだけじゃなくて、人間的な良さも必要かと思っています。
さらに今回は、この映画の話があまりにも魅力的だったんです。ハンスとマーガレットのふたりの虜になっちゃって、とにかくふたりのことを知って知って、それを伝えたいという強い想い、英語だと「Obsessed(オブセス)」って言いますが、取り憑かれたように心を奪われて、だからとにかくどうすれば実現できるかだけを考えていたんですが、仲間も私と同じように感じてくれたから、ついてきてくれたんだと思っています。
私はアニメもつくれないしグラフィックも作曲もできないので、こうしてほしいという指示を出して、できる人にお願いしていました。だから完成した映画を観ると私の映画なのかなと思ったりもしますが、お願いしたことが自分の想像を上回る形で返ってくるチームだったし、これが映画のおもしろいところだと思っています。ひとりがいろいろな才能を持っていたとしても、自分の発想にないことを提案してくれたり、発想をさらによくしてくれる人たちが必要なんです。映画って、ひとりじゃつくれないんです。
世の中を変える “映像の力” ってすごい!
映像を “無関心を減らすツール” に!
– 19歳でアメリカの大学に入学して映画を勉強していますが、そもそも映画に興味を持ったきっかけ、目標は?
みんな私がずっと映画づくりの道を歩いていたと思っているようですが、正直そんなに強い気持ちはなかったし、実際に映画学校に行ったらみんな3歳のときから映画監督を目指しているとかそんな人ばっかりで衝撃を受けました。
中学2年生くらいのときにカメラを触る機会があって、その頃から学校内の行事を撮影して編集して、ということをやりはじめました。たぶんストーリーテラーになりたい気持ちがあったんだと思います。
でも文章を書くのは好きでも得意でもなくて、じゃあ映画づくりの勉強をしようかなというくらいの気持ちでした。だから映画が好きでよく観ていたということはないし、現実の方に興味があるから、映画を観る2時間があれば人と会って話をしていたいんです。
大学2年生のときに3ヵ月ほどひとりでケニアに行ったことがあるんです。ボランティアという名の自分探しみたいな感じでしたが、そこで友だちがたくさんできて、そうするとケニアを離れたあとでも、その国や友人のことは気にかけているんです。だからケニアで何かあると他の知らない国よりも焦るし心配するし連絡します。
いろいろな国に対して、みんながこういう気持ちを持てたらいいなと思ったんですが、みんながみんな、そんなに世界のあちこちの国に行けるわけではありません。だから私がいろいろな国の映像を撮り、それを観てもらって関心を持ってもらえたら。無関心を減らすツールとして映像の力を使いたいと思ったんです。
映画学校を卒業して、テレビ番組などで何百万人、何千万人の人が観るプロジェクトに関わると、時間はかかりますが、その番組の影響が見えるんです。観た人の心が動いて行動が変わるとか、世の中のルールが変わるとか、ちょっとずつですが何かが変わっていくのを目の当たりにすると、改めて映像の力ってすごいと実感します。ドキュメンタリーを通して、多くの人がもっとほかの国に関心を持ってもらえるようにしたいと思っています。
■ 次ページは、日本の小学校の素晴らしさ、そして自らのアイデンティティについて!
モンキービジネスファンクラブ
「モンキービジネスファンクラブ」は、絵本『おさるのジョージ』の生みの親、ハンスとマーガレット・レイのことをもっと知りたいと思う人たちのために、映画『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』の情報をいち早くメールで配信するほか、会員限定コンテンツも提供していく、レイ夫妻、『おさるのジョージ』ファンの方のための場です。
山崎エマ
神戸生まれ。日本人の母とイギリス人の父を持つ。19歳で渡米し、ニューヨーク大学映画制作学部に進学。ドキュメンタリー制作に目覚める。英国放送協会BBCと数々のエミー賞受賞番組を手がける制作会社で研修を重ねた後、ドキュメンタリー界の巨匠サム・ポラード氏の編集助手として2本の長編映画制作に参加。卒業制作「NEITHER HERE NOR THERE(故郷であり故郷にあらず)」が大学、インターナショナルスクールで教材として使用され、アメリカ、フランス、タイ、日本などの学会でも採用される。卒業後はCNNやHBOなどでドキュメンタリー映画やノンフィクションのテレビ番組製作に携わる。
2014年より初長編ドキュメンタリー作品「MONKEY BUSINESS: THE ADVENTURES OF CURIOUS GEORGE’S CREATORS(モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険)」を製作。人気絵本シリーズ『おさるのジョージ』の原作者 ハンス・レイとマーガレット・レイ夫妻の半生をアニメーション、アーカイブ映像、インタビューを交えて描く。2016年夏にクラウドファンデングで18万6,000ドル(2,000万円弱)を集め、監督、プロデュース、編集を手がけ、海外では2017年に公開、日本では2018年夏の公開予定。
また2017年放送のNHKのBS1スペシャル「巨匠スコセッシ “沈黙” に挑む 〜よみがえる遠藤周作の世界〜」ではディレクターとして、スコセッシ監督のインタビュー役も務める。
日本人の心を持ちながら外国人の視点からも物事を見ることができるポジションを活かして、ニューヨークと日本を行き来しながら、さまざまなプロジェクトに携わっている。
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