黄色い太枠が特徴の雑誌『ナショナル ジオグラフィック(ナショジオ)』は、恐竜や昆虫、動物などの生き物や環境問題、秘境探検や宇宙、AI(人工知能)、そして人体にいたるさまざまなテーマを、美しい写真とともに紹介している歴史ある雑誌です。見ているだけでも楽しく、ぜひ子どもにも読んでもらいたい。そこで『ナショナル ジオグラフィック日本版』の大塚茂夫編集長に、親子での楽しみ方を教えていただきました。さらに子どもたちが生きる未来がどんな世界になるのか、子どもたちにどんな能力が必要になるのかについても、お伺いしました!(インタビュー:2018年2月22日(木) / TEXT:キッズイベント 高木秀明 PHOTO:大久保景)
1万3,000件を超える未知の世界を調査・探検
『ナショジオ』は130年続く “会報誌”
– まず最初に、『ナショナル ジオグラフィック』がどんな雑誌かを教えていただけますか?
ちょうど今年(2018年)が130年なんです。西暦1888年、元号で言うと明治21年にアメリカで創刊されました。
当時はまだ誰も北極点、南極点に到達したことがなく、アメリカ国内でもアラスカは未知の場所、西部にも知らないところがたくさんありました。そこで、そういう未知の場所を探索することに関心のある有志が集まって立ち上げた団体が「ナショナル ジオグラフィック協会」で、調査・探検をして得た成果を団体のメンバーに報告する場として『ナショナル ジオグラフィック』という雑誌が生まれ、それが連綿と今に続いています。
空中都市と呼ばれるペルーのマチュ・ピチュ遺跡の調査、最近では1985年のタイタニック号発見は、ナショナル ジオグラフィック協会が支援した研究者や探検家によるものです。日本関連で言うと、登山家・冒険家の植村直己さんの犬ぞりによる北極点単独行の挑戦にも支援しました。1978年4月29日に単独行として世界初の快挙を成し遂げた植村さんは、日本人の探検家としては初めて『ナショナル ジオグラフィック』の表紙を飾りました。
このようなさまざまな調査・探検を支援しながら、その結果を紹介するということを、130年間ずっと続けています。
– 発表の場としての雑誌で、販売して利益を得るというものではなかったんですね。
そうですね。もともとは会報誌という色合いが強くて、ナショナル ジオグラフィック協会の会員になると、会報誌として毎月届くというものでした。
ちょうど写真が出てきた時代と重なり、多くの写真を掲載しはじめたのも『ナショナル ジオグラフィック』です。当時、写真はまだ市民権を得られず、雑誌やメディアに写真を掲載するのは軽い感じに見られていたんです。でも写真って一瞬で人の関心を惹けるとても優れたメディアですよね。今まで見たこともないものを目にすることができるわけですから。それが評判になり、“写真” というものが『ナショナル ジオグラフィック』の代名詞として定着しました。
世界中のフォトグラファーも『ナショナル ジオグラフィック』に自分の写真を掲載したいと思うようになり、それが相乗効果となって広く認知されるようになりました。“写真で伝える” というのは、今でもとても重要な『ナショナル ジオグラフィック』の核の部分だと思っています。
– 写真を掲載したビジュアル雑誌のはじまりだったり、調査や探検でさまざまな発見をしたり、いろいろな歴史のはじまりをつくってきている雑誌なんですね。
人間の歩みを一つひとつ記録して、それを伝えていくというのが『ナショナル ジオグラフィック』の使命のひとつです。しかし、よく130年も続いて来たなという感じはありますね(笑)。
– アメリカと日本では読者層に違いはありますか?
一昔前のアメリカでは、『ナショナル ジオグラフィック』はどこのご家庭にもある雑誌でした。毎月届けられる一般的な存在だったんです。デジタルの時代になってどんどん変わって来ているので、古き良き時代の話と言われるかもしれませんが、今でも誰もが知っている雑誌ですね。
日本版は1995年の4月号が創刊号です。テレビやネットもあるので『ナショナル ジオグラフィック』という名前はなんとなく知っていても、実際に雑誌を手にとる機会はあまりない、という方が多いかと思いますが、魅力的な写真やグラフィックがたくさんあるので、一度見れば絶対に「おもしろい!」と思っていただけると思っています。ぜひ一度手にとって、見てもらいたいですね。
日本での読者層は40代〜50代が中心で、創刊号からずっと購読されている方もいらっしゃいます。今は若い方や、小さなお子さんのいる若いファミリーの方にも手にとってもらう機会をつくりたいと思っています。
雑誌、テレビ、ネット、どのメディアからでもいいのですが、『ナショナル ジオグラフィック』には今まで見たことがない写真や情報があるとか、知らないストーリーが読めるとか、そういう存在にして、ブランドとしての認知度をあげていきたいですね。
2018年は1年を通して「鳥」を特集
日本独自のオリジナル企画にも注力
– 2018年は1年を通して「鳥」の特集をしているそうですね。日本ではどのような展開をされるのでしょうか? 日本オリジナルの企画もあるとお伺いしています。
基本はアメリカが考えた柱にどのように寄りそうか、そしてそれを日本の読者に関心を持って読み続けていただくにはどうするかを考えながら編集しています。
日本独自の企画の場合は、アメリカの編集部では時間をかけて取材や撮影を行なっているので、それと同じくらいのクオリティにできそうなテーマは、思い切ってつくります。また、どうしても日本の読者に考えてもらいたいものや知ってもらいたいものは、アメリカの記事を外してでも、日本の編集部でつくったものを載せています。
たとえば2017年8月号では、江戸時代後期に川原慶賀という絵師が素晴らしい魚の絵を描いていて、その絵を見ながら、さかなクンに解説してもらう「さかなクンの江戸水族館へようこそ!」というページをつくりました。『ナショナル ジオグラフィック』で「ギョギョ」ってやって大丈夫かなぁって少し心配ではありましたが(笑)、さかなクンの真摯な態度とわかりやすい解説で、お子さんにも関心を持ってもらえるテーマだったと思います。この絵は今オランダの博物館に保管されていて、そういう歴史の不思議さも興味深いですね。
通常とは異なる視点から見えるものがある
何かを感じて、挑戦する “きっかけ” を与えたい
2018年は「鳥」シリーズですが、アメリカでは必ずしも毎号「鳥」の特集があるわけではないんです。しかし日本版では足りないところを補って、1年間は毎号「鳥」の特集を掲載します。そういう見せ方をした方が、読者の方の期待を裏切らないものになると思っています。
– 最近の研究では、鳥が恐竜の生き残りというか進化したものということがわかってきました。その視点での特集をしていただけると嬉しいです。
それは5月号でやります(笑)。
– そうですか! それはとても楽しみです!
うちは鳥の専門誌ではないので、いろいろな視点で鳥を見ています。たとえば2018年1月号では「羽ばたきの軌跡」として、鳥の飛ぶ軌道を連続写真のような形で見せたり、普通の雑誌とは物事を捉える視点が少し違うと思うんですよね。その異なる視点を通して見えるものから、読者の方には何かを感じてもらえればと思っています。
この鳥の羽ばたきの軌道の写真は、人によってはアート寄りに考えるかもしれないし、鳥の飛翔や飛び方について研究したいと思うお子さんがいるかもしれない。私たちはこういう写真を撮っている人がいます、こういう研究をしている人がいます、というのを提示して、あとは読者の方に、そこから何かを読み取っていただく。「つまらない」「興味が湧かない」というのもひとつの受け取り方だと思いますし、それなら僕は昆虫の飛び方を研究しようとか、そういうふうに思う人がいるかもしれない。それはもう自由で、こちらから「こう読んでください」というのはないんですね。
雑誌って何かを考えるとか、何かに挑戦してみようと思う “きっかけ” を与えるものだと思っています。いろんな記事がありますが、基本的にはどれも答えは提示していません。編集者の心の中には読者に届けたい想いはありますが、それを押し付けるのではなく、ここからその人なりの答えを見つけ、動き出す人は動いてほしい。そういうスタンスのメディアなんじゃないかなと考えながら編集しています。
– 未知の世界への “入口” のような雑誌ですね。
私たちは表紙の黄色い枠を「イエローボーダー」と呼んでいるんですが、“世界を見るための覗き窓” みたいな感じですよね。世界と言っても現在だけではなく、過去も未来も見える。あとは見た人が、読んだ人が考えてくれればいい。いろいろな受け取り方があってあたり前だし、それが健全ですよね。
子どもと一緒に『ナショジオ』を楽んで
1枚の写真から想像しストーリーを紡ぐ
– とにかく写真がとてもきれいですし、ビジュアルもインパクトがあります。恐竜や昆虫、イルカなどは興味のある子どもも多いので見ているだけでも楽しめると思うのですが、やっぱり文章はちょっと難しい。ぜひ子どもにも読んでもらいたい雑誌ですが、親子で楽しむ方法があれば教えてください。
自分で編集していても「難しくてよくわからない」と、専門の先生に聞いてようやく理解することもあるのですが、心がけているのは、「わからないけど、なんとなくわかるよね」というレベルにはしようということ。それでも取り上げているテーマによっては難しいですが。
こういうふうに読んでもらえたらいいなと思うのは、親子で座りながら『ナショナル ジオグラフィック』を見て、お子さんの「これ何?」という言葉をきっかけに、お母さんやお父さんが一生懸命に理解して説明する、ということですね。
でも恐竜などでは、お子さんの方が親御さんより詳しかったり、どちらが先生になってもいいんです。『ナショナル ジオグラフィック』がひとつのツールになって会話が生まれたり、盛り上がると嬉しいですね。
そしてお子さんは好奇心が強いので、その好奇心をくすぐるとともに、ある程度満たしてあげたいと思っています。一緒に読みながら話をしたり、知識を増やしてもらいたいですね。
2018年1月号の最後の記事は「故国を脱出した子どもたち」という、アフガニスタンから逃げてきた子どもたちがヨーロッパに入ろうとしてセルビアで足止めされている記事です。
8歳〜16歳くらいの、『ナショナル ジオグラフィック』を読んでもらいたい子どもたちと同じくらいの歳の子が、こういう状況になっている。同じ地球に生きているのに、ずいぶんと状況が異なりますよね。そういう事実を知り、そのことについて考える。お子さんだけでは理解できないと思うのですが、それを親御さんが「この子たちの生まれた国は戦争で住めなくなって、仕方なく世界を点々としている」など、少し教えてあげる。それだけでも全然違うと思うんです。
あとは写真の力ですよね。「あなたがどこか寒いところで毛布1枚で生活しなければならないとしたら、どんなだろうね」。1枚の写真から想像して自分と彼らの違いを探し、ここから親子でどういうストーリーをつくっていくか。「日本はこういう状況ではないけど、それってどういうことなんだろう」とか。世界にある格差をお子さんがなんとなく感じとってくれるきっかけになるかもしれないし、自分の幸せな立場に悩むかもしれない。
今日はお母さんがいいと思った写真、次の日はお子さんが興味をもった写真について話すとか、そうすると普段はしないような会話ができると思います。いくつもある記事のなかからテーマを見つけ、親子で話たり考えてもらえれば嬉しいですね。楽しみ方は無限にあると思っています。
■ 次ページは、これからの未来は良い? 悪い? 今後の『ナショナル ジオグラフィック日本版』の取り組みについて
大塚茂夫
1969年、静岡県生まれ。筑波大学で文化の多様さと奥深さを学ぶ。大学卒業後、NHKで報道番組ディレクター、アリタリア航空で貨物営業を経験し、2004年2月から『ナショナル ジオグラフィック日本版』の編集に携わる。2011年1月、同誌編集長に就任。
ナショナル ジオグラフィック日本版
米国ワシントンに本部を置く「ナショナル ジオグラフィック協会」が発行する月刊誌の日本語版。「未知の地球をわかりやすく伝える」という編集方針のもと、野生動物から自然環境、世界各地の文化や科学の最新研究までの幅広いトピックを、世界的な写真家が撮り下ろした印象深い写真と現場主義の記事で伝えている。米国での創刊は1888年10月。日本版の創刊は1995年4月、2018年7月号で創刊280号を迎える。
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