黄色い太枠が特徴の雑誌『ナショナル ジオグラフィック』は、恐竜や昆虫、動物などの生き物や環境問題、秘境探検や宇宙、AI(人工知能)、そして人体にいたるさまざまなテーマを、美しい写真とともに紹介している歴史ある雑誌です。見ているだけでも楽しく、ぜひ子どもにも読んでもらいたい。そこで『ナショナル ジオグラフィック日本版』の大塚茂夫編集長に、親子での楽しみ方をお伺いしました。(インタビュー:2018年2月22日(木) / TEXT:キッズイベント 高木秀明 PHOTO:大久保景)
子どもたちの未来は明るい?
『ナショジオ』が未来を生きるヒントに
-『ナショナル ジオグラフィック』では環境問題はもちろん、AI(人工知能)なども取り上げています。AIの進化によって近い将来、人間の仕事がなくなるとか悲観的な見方もありますが、これから先の未来、編集長は楽観的か悲観的か、どのように見ていますか?
う〜ん。基本的に悲観的な人間なんですよね(笑)。心配なのは、そのスピードが早すぎるんじゃないか、ということ。今まではまだそれほど速くなかったから、地球はなんとか耐えてこられました。それでもひずみは出ていました。それが21世紀になって一気にスピードアップし、人によってはそのスピードに付いていけていないし、人間の社会にも、地球にも負担をかけています。
誰かがこのスピードを緩めないと、気候変動の問題とか、社会のなかで疎外感を持っている人たち、それがこの前のフロリダの銃乱射事件のような人たちを生み出しているのかもしれません。おそらく人間が人間らしくいられる速度というものがあるんだと思います。今はそのスピードが出過ぎていて、でも誰にも止められないし、ある意味、社会や人間自身が求めているのかもしれない。そこは危惧しているところです。
今、4月号の編集をしていて、「監視社会」について取り上げているんです。僕たちが若かった20年くらい前は、ここまで世の中に監視カメラはありませんでした。でも今は、自宅から職場まで行くのに、何台の監視カメラに自分が写されているんだろうと思いますよね。
– 事故や事件があると、ニュースで監視カメラの映像がたくさん使われています。
政府や警察が設置した以外にもコンビニやタクシー、マンションにもカメラがあって、そういう社会ってこれからどこに向かって行くのかな、というのがテーマです。それが人々の安全を守るという面もあるけれど、プライバシーがまったくなくなる世の中にもなりつつあって、そういうなかで人間って、どういう気持ちで生きるんだろうと。
でも我々は今までにも問題が出たらそれをどうにかして、より生きやすい世の中にするという努力をずっとしてきたわけですから、それを乗り越える力はあると思うんですよね。そしてそれを考えるうえで、『ナショナル ジオグラフィック』がヒントやきっかけになればいいなと思います。
– そういう “人間力” のようなものを子どもたちに養ってもらうには、どういうことをしたらいいでしょうか?
今、何が起こっているのかを知るということですよね。人間のことだけじゃなくて、地球のこと、生き物のこと。もちろん全部を知ることは無理なので、自分は何に一番惹き付けられるのかを見つけてもらいたい。そのなかで自分ができることを考える。実際に動くとなると難しいし、活動家、政治家になるのは極めて少ない人たちです。でも多くの人が現実を知り、考える。それだけでも世の中ずいぶんと変わるんじゃないかと思います。子どもが小さいときに親子でできますし、ここまでなら、親御さんがサポートできることですよね。
– 先ほどおっしゃっていたように、1枚の写真から想像力を働かせてみるとか、そういうことで “人間力” を養っていけるということですね。
そうですね。トレーニングというと語弊がありますが、日常でそういうことをしているかしていないかで、かなり変わってくると思います。まったく知らない、わからない局面に立たされたときにも、考え方の流れができていれば、対処法やそこを乗り越える力が出てくるんじゃないかと思いますね。
写真の力を信じて
これからも驚くような記事をつくり続ける
-『ナショナル ジオグラフィック』は創刊からの130年間でいろいろなところに行っていますが、まだまだ未知の場所はありますか?
やっぱり新しいことはどんどん出てくるし、時代とともにいろいろな問題も出てきますよね。130年前には温暖化はありませんでしたから。ものの見方も時代に応じて変わってきます。あとは人間の体のなかは、まだまだ知らないことがたくさんあります。最近は人間の内側を探って行く特集も増えてきていますね。
– 2018年2月号の「脳科学が解き明かす 善と悪」という特集は、とてもおもしろかったです。簡単に言えば脳の個性みたいなもので、そもそも他者に共感できない人もいるという。でもそうなると解決策がないから、どうしたらいいんだろうと思います。
どうすることもできない、ということもあるんですよね(笑)。でもそこをちゃんと受け止めて、どうにかしなきゃと考えることが大事ですよね。
– 今後『ナショナル ジオグラフィック』で取り上げたいことは?
2018年は「鳥」シリーズなので、日本にも有名な鳥はたくさんいますし、鳥の保護という観点からもいろいろな取り組みがされていて、たとえば日本のシンボルのような鳥にタンチョウがいますが、保護の仕方が再検討されはじめていたり、日本の鳥やとりまく状況を取り上げていきたいと思います。
鳥以外では、日本の写真家をもっと紹介していきたいですね。先週、6回目となる「日経ナショナルジオグラフィック写真賞」の授賞式をやったんです。この写真賞は「日本の写真家をもっと世界に羽ばたかせよう」という目的ではじめたもので、彼らもクオリティの高い作品をたくさん撮っているんですが、それを世界に発表する機会がないんです。『ナショナル ジオグラフィック』にも彼らの写真を掲載して、こんな素敵な写真を撮っている人がいると紹介したいし、それを外国版の『ナショナル ジオグラフィック』に載せたいですね。
2016年1月号の「明治神宮 祈りの森、百年の生命」という特集では台湾版とフランス版でも取り上げてもらいましたし、2016年10月号の「自然と人間 大都会のふるさと 多摩川」という特集もフランス版に載りました。少しでも日本の写真家の存在を世界にアピールすること、そのチャンスをつくることができたらおもしろいなと思っています。
『ナショナル ジオグラフィック』はやっぱり写真なんですよね。写真の力を信じて、僕たちはやっていくしかない。写真は言葉を必要としないユニバーサルなものですよね。見た瞬間に「なんだこれ!」って思ってもらえるページをつくっていきたいですね。
インタビュー後記
美しい写真と常に興味深いテーマを取り上げている『ナショナル ジオグラフィック』は、とても好きな雑誌のひとつです。そんな雑誌の編集長にインタビューできるとあり、また同じというには語弊がありますが、編集に携わる者として、かなり緊張して当日を迎えました。しかし緊張している理由はもうひとつ。「難しい話になったらどうしよう?」というもの。生物、環境、宇宙、人類、科学とさまざまなジャンルの最新情報を掲載している雑誌の編集長、博識であられることに間違いありません。しかし編集長は開口一番、「難しい質問はしないでくださいね、答えられませんから」と笑顔。こちらの気持ちなどすっかりお見通しでした。
『ナショナル ジオグラフィック』は、ぜひ子どもに読んでもらいたいと思っています。目に飛び込んでくる写真はどれも「すごい!」「きれい!」「怖い!」「何これ?」と、こちらの感情を揺さぶるものばかり。子どもが興味ある、たとえば恐竜や昆虫などの特集が組まれているときには、『ナショナル ジオグラフィック』を子どもの目の付くところに何気なく置いておいたらどうでしょう。きっと表紙のビジュアルもインパクト大。子どもは思わず手にとって、ページをめくりはじめ、知らず知らずに惹き込まれていくはずです。
大塚編集長のおっしゃっていた「知らないことを楽しむ」という言葉がとても印象的でした。大人だって知らないことは山ほどあり、知らなくてあたりまえ。知らないと認めることで、知ることができる。世の中にはいろいろなことがあり、“知ることって楽しい!” と子どもたちに知ってもらうことが大切です。興味あることを見つけ、一歩踏み出す。『ナショナル ジオグラフィック』は、その最初の一歩を踏み出す方向を教えてくれる、そして記事で紹介しているさまざまなチャレンジは、子どもたちの背中を押してくれることでしょう。
ナショナル ジオグラフィック日本版
米国ワシントンに本部を置く「ナショナル ジオグラフィック協会」が発行する月刊誌の日本語版。「未知の地球をわかりやすく伝える」という編集方針のもと、野生動物から自然環境、世界各地の文化や科学の最新研究までの幅広いトピックを、世界的な写真家が撮り下ろした印象深い写真と現場主義の記事で伝えている。米国での創刊は1888年10月。日本版の創刊は1995年4月、2018年7月号で創刊280号を迎える。
大塚茂夫
1969年、静岡県生まれ。筑波大学で文化の多様さと奥深さを学ぶ。大学卒業後、NHKで報道番組ディレクター、アリタリア航空で貨物営業を経験し、2004年2月から『ナショナル ジオグラフィック日本版』の編集に携わる。2011年1月、同誌編集長に就任。
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