国立科学博物館 “初” の “昆虫” をテーマとした大規模特別展がこの夏開催!
第31回 野村周平先生(特別展「昆虫」監修者/国立科学博物館 動物研究部 陸生無脊椎動物研究グループ・グループ長)
昆虫学で食べていけるのか?
まわりには誰ひとりいなかった
ー 研究者になろうとしたのはいつ頃からですか?
九州大学に入って、1年、2年目くらいですかね。九州大学は昆虫学では非常に有名で、たくさんの研究者がいて、最前線を走っている大学です。昆虫学教室というところで最先端の研究をしていると聞いたので、そこを目指して勉強や昆虫採集をしていたら、どんどん研究者の道に、運よく進むことができたんです。
ー でも高校生のときに、昆虫の勉強がしたいと、九州大学を選んだんですよね?
それはそうですね。そうではあったわけなんですけど、当時の世間の状況から言うと、インターネットはない、情報源は本やニュース、新聞くらいしかなくて、昆虫学で食べていけるかというのはまったくわからなかった。少なくとも私のまわり、佐賀県で昆虫で食べているプロはひとりもいなかった。
九州大学に入ってはじめて、昆虫学で身を立てている人と会って話を聞くことができたんです。だから入学前に方向性があったとはいえ、研究者というのは全然見えていなかったですね。
九州大学で助手をしていたときに、たまたまアリヅカムシに近いところを研究されている先生が国立科学博物館にいらして、それでは自分が退官したあとに来なさい、という感じで呼ばれて、いまに至ります。
ー アリヅカムシに導かれているみたいですね。
まぁ、それほどでもないですが、たまたま運よく、ですね。
昆虫を学んで仕事に
「バイオミメティクス」の可能性
ー いまも昆虫好きの子どもはたくさんいますが、そういう子どもたちが将来昆虫で食べていく道はありますか? 先生がいま研究されている「バイオミメティクス(生物模倣技術)※」はどうでしょう?
我々がプロになるかを考えたとき、いわゆる昆虫学の出口って、応用分野に何があるかというと害虫防除しかありませんでした。農林業のなかで被害が出る害虫を抑えて生産を活発にしていくという道ですね。だから農業試験場や林業試験場とか、そういうところがひとつの就職口だったんです。しかしいま、国内の農林業は残念ながらそれほど盛んではありません。
一方、これまでほとんど活用される機会のなかった工業、テクノロジー、精密機械、材料科学とか、そういう方への応用の道が「バイオミメティクス」を中心に開けてきました。だからそういうところを模索していけば、昆虫学の出口として食べていけないことはないと思っています。
昆虫は人間から一番遠い生き物ですし、世界中に展開した多様性を持っているわけです。しかも人間よりもはるかに長い間、地球上に生きています。生き残る術を昆虫に学べば、人間もこれから先、持続可能な人生を送っていけるんじゃないかと、そういうところが昆虫とバイオミメティクスを結びつけるモチベーションになるんじゃないかと思っています。
※ バイオミメティクス(biomimetics/生物模倣技術)
長い年月を経て進化した生物は優れた機能や体構造を持っており、そこからヒントを得たり、模倣することで新しい技術の開発やものづくりに活かそうとする科学技術。たとえば蚊の口吻を模した痛みの少ない注射針、チョウの構造色からの染料の必要ないさまざまな色のシート、シロアリの蟻塚から空調システムなど、すでに身のまわりで使われているものも多い。
昆虫は進化して小さくなっている
人間の進化のヒントにも!?
ー 先生の研究しているアリヅカムシは、そういうバイオミメティクスの要素はあるんですか?
今のところ特に大きなものはありませんが、アリヅカムシを詳細に見ていくと、アリヅカムシサイズの昆虫と、たとえばカブトムシくらいの大きさの虫とでは、違ったところがあるなと。で、昆虫全体としても、大きなものから小さいものに進化していく筋道がありそうです。
昆虫は3億年以上前の古生代の石炭紀では翅(はね)を広げると80cmくらいの巨大なトンボとかいたわけです。今とは環境が違うので昆虫も違っていてあたり前ですが、現在生き残っているのは小さい昆虫ばかりで、一番大きなものでもナナフシの仲間で30cmくらい。しかしアリヅカムシのような小さい昆虫はたくさんいて、むしろ繁栄していると見て差し支えないくらいなので、小さくなることが地球の環境のなかで生き残る術であったのではないかなと思っています。
大きな昆虫にとっての地球環境と、小さな昆虫にとっての地球環境を比較すると、これから昆虫はどうなっていくか、人間がどうなっていくか、というものの示唆が得られるんじゃないかなと思っています。
ー 昆虫は全体的に小型化に向かっているんですね。
だと思いますね。もともと昆虫はあまり小さくなれない生き物だったんですが、進化の過程でどんどん小さい方へ小さい方へ進んでいるのは明らかです。
では小さくなることに何のメリットがあるのかというと、体が小さくなると寿命が短くなります。寿命が短いということは、一定期間の間に世代を繰り返す回数が多くなります。そうすると進化のスピードが速く、そして自由度が広がるんです。いろいろな形に進化できる可能性が広がる。それと体が小さくなると食べ物が少なくてすみます。そういうメリットがあるんですね。
ー その個体ではなく、種としての生存なんですね。
だから結果論かもしれませんが、小さい昆虫が生き残ってきた。小さいから生き残ってきた、ということなんだろうと思っています。
今度は我々が若い人をサポート
おもしろさを伝え、知ることで興味を
ー 研究を続けているモチベーションは何ですか? ほかの虫を研究しようと思ったことは?
調べれば調べるほど新しい謎が出てきて、それを解明しないと先に進めない、ということが出てくるので、底なし沼じゃないけど、突き詰めないとすまなくなってきますよね。謎は明らかにしたいですし。
ー 研究もしくは先生のゴールはどこになるでしょうか?
アリヅカムシの研究をはじめたころは、日本のアリヅカムシの全貌を明らかにしたいと思っていました。それがゴールだったわけです。しかし調べれば調べるほど、どんどんどんどん名前のついてない種類が出てきて、これはもう自分の一生をかけても全部解明することはできないなと、進んでも進んでもゴールも動いていくような、そんな状態です。
ー 次の世代、次の研究者へつなげていくんですね。
でも、なかなかアリヅカムシを研究したいという若者は出てこないんですよね。どうしたらいいでしょう?
カブトムシやクワガタが好きな若い人はいっぱいいるんです。でもなぜか、こういう小さい虫を研究しようという人は、そんなに出てこないんですよ。途中で止めちゃうとか。
私が昔、佐賀昆虫同好会でサポートしてもらったように、今度は我々が若い方をサポートして、これもおもしろいよ、これもいいよと伝えていかなければいけないなと思っています。そういう場をつくらないといけないですし、この特別展「昆虫」も、その一環になるかなと思いますね。
アリの巣の中で共生しているアリヅカムシのような昆虫が展示されることって、日本ではほとんどないんです。だから展示して見ていただくことで、そういうものがあるということを知ってもらって、自分でも見てみようと思ってくれると、おもしろい方に行くんじゃないかな。若い人がより多様な方、小さい昆虫に目を向ける機会になればいいなと思っています。
ー 蟻塚は知っていましたが、そのなかに共生しているこんな小さな虫がいるとは、はじめて知りました。こういうことを知る場があって、おもしろさ、魅力が伝わると、若い方や子どもたちも調べてみようとか思うかもしれないですよね。
以前、クマムシを研究している堀川大樹博士にお話をお伺いしたことがあるのですが、クマムシも身近にいる虫なんですよね。でも種によって食べているものが異なり、また何を食べているのかがわからなくて飼育するのが大変だそうです。
しかし小学1年生の7歳の男の子が野外から集めたクマムシにさまざまなエサになりそうなものを与えて、ドライイーストだけで育てられるクマムシを見つけてニュースになったと教えてくれました。アリヅカムシなどほかの小さいな虫でも、こういう子どもが増えるといいですよね。
クマムシはアリヅカムシよりはるかに小さいから、さらに大変ですよね。アリヅカムシも、おもしろさではクマムシに決して引けはとるような虫ではないので、どうやっておもしろみを伝えるか、見出してもらえるようにするか、でしょうね。
ー 先生の今後の目標、夢は?
世界中で昆虫をとることができるようになりましたが、あらゆるところ、というわけではありません。こんなところで、というところで虫をとってみたい。すでに人が入ったところはおもしろくないから、まだ誰も気が付かなかったところとか、まだ誰もやったことのない採り方とか、採り方が違えば、違うものが採れますから。
“今までに出会ったことのない虫に出会いたい”、ということですかね。新種ではなく。それはまだ名前がついていないというだけで、私のところにたくさんいますから。新種はこれ以上、増えなくていいですね(笑)。
【プレゼント】2018年7月13日(金)から国立科学博物館で開催!特別展「昆虫」ご招待券プレゼント!
【イベント開催概要】特別展「昆虫」2018年7月13日(金)〜10月8日(月・祝)まで国立科学博物館で開催!
インタビュー後記
野村先生に特別展「昆虫」を楽しみにしていることを伝えると、「プレッシャーなんですよ」と微笑んだ。特別展「昆虫」を待ち望む人、期待している人は多い。小学生からマニアまでと対象も幅広く、何を期待しているのかもそれぞれだ。相当なプレッシャーを感じているだろうことは容易に想像できるが、その一方で、今までの研究成果、そして多くの人に気がついて欲しい、小さな虫たちの存在を紹介できる喜びもあるように感じました。
今回のインタビューでは、昆虫好きな子どもたちが、将来、昆虫を仕事にすることで食べていくことができるか、それも聞きたかったひとつでした。その答えのひとつが「バイオミメティクス」。社会や環境に役立つことはもちろん、たとえば垂直のツルツルしたガラスでも登れるヤモリの足の手袋がつくれれば、子どものころに夢見たアニメやSFの世界を実現できます。AIとの融合もあり、この分野は今後ますます楽しくなりそうです。
昆虫は私たちにたくさんのことを教えてくれます。持続可能な地球環境は、昆虫から学べるのかもしれないし、小さな虫たちが、多くの問題解決のヒントを持っている可能性がある。そう考えると、この昆虫はどんな能力や習性を持っているのか、いろいろな昆虫と接するのが、さらに楽しくなってきます。
野村先生は大変そうではありましたが、特別展や昆虫の話をしているときは、とても楽しそうでした。プレッシャーをかけてしまいますが、特別展「昆虫」、とても楽しみにしています!
野村周平(のむら しゅうへい)
1962年 佐賀県武雄市生まれ。九州大学農学部卒、同大学院修了。農学博士。特別展「昆虫」監修者。1995年から国立科学博物館。陸生無脊椎動物研究グループ・グループ長で、おもにアジア周辺の土壌性ハネカクシ上科甲虫の研究を行ない、アリヅカムシ研究の第一人者。昆虫に関する「バイオミメティクス(生物模倣技術)」にも取り組んでいる。
この夏、国立科学博物館で初の “昆虫”をテーマにした大規模特別展!
特別展「昆虫」
2018年7月13日(金)〜10月8日(月・祝)まで、“昆虫” をテーマとした特別展「昆虫」が国立科学博物館で開催。世界に一点だけのヤンバルテナガコガネの「ホロタイプ標本」や、本展の開催に向けマダガスカルで発見してきた新種のセイボウ(青蜂)など、他では見られない標本が展示される。またこの新種の名前に、選ばれた来場者の名前をつけて新種登録するキャンペーンも実施。昆活マイスター(オフィシャルサポーター)は無類の昆虫好きで知られる俳優の香川照之さんが就任し、香川さんが提案したコンテンツも展示される。
■会場:国立科学博物館
■休館日:7月17日(火)、9月3日(月)、9月10日(月)、9月18日(火)、9月25日(火)
■公式ホームページ:http://www.konchuten.jp/
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