2019年6月7日(金)から日本科学未来館で開催の企画展「マンモス展」監修
第34回 近藤洋一先生(企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- 古生物学監修、野尻湖ナウマンゾウ博物館 館長)
世界初公開の貴重な史料と
マンモスが復活する未来も展示!
ー 企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- 開催まであと1ヵ月ほど、いよいよ6月7日(金)からはじまります。個人的にもとても楽しみにしているのですが、今はどのような準備をされているのでしょうか?
追い込みの段階で、いろいろな展示物の解説やパネルをつくっています。原稿はほぼできているのですが、キャプションのところでロシアの研究者とやりとりしているところがありますね。
この展覧会のために組織した調査隊が採取した史料もたくさんあるので、今回の目玉の「ユカギルマンモス」にプラスして、世界初公開を含む貴重な史料をたくさんお見せできると思います。
【体験レポート】企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- に行ってきた! 2019年11月4日(月・休)まで日本科学未来館で開催!
ー 調査隊を組織されたということは、このプロジェクトはかなり前から動いているんですね。
そうですね。最初の企画から3年以上は経っています。
ー 調査隊が採取した史料もたくさんあるとのことですが、今回の「マンモス展」の見どころを教えいただけますか。
マンモスの過去から現在、そしてマンモスが復活するかもしれない “未来” もお見せできるところですね。今も永久凍土からはマンモスが見つかっていて、今回の調査隊もマンモスの皮膚や毛を見つけています。
さらに先日、近畿大学生物理工学部が最新の分子生物学※を用いて永久凍土から発掘された2万8,000年前のマンモスの細胞核が、他生物の細胞の中で生物学的活性を示したと発表がありました※。つまり今後、マンモスを復活できるのではないかということで、未来に関してのマンモスのあり方まで紹介する、従来のマンモスの展覧会とは異なるマンモスの取り上げ方ができると思っています。
マンモス復活にはいろいろな問題もあるので、本展では、そのような投げかけ、問題提起をし、みなさんにも考えていただく「マンモス展」にもなると思っています。
※分子生物学:生命の仕組みを、生体を構成する分子レベルから解明することを目的とした学問。
※2万8千年前のマンモスの細胞核の動きを確認 太古のDNAで生命現象を再現、古生物科学の新たな扉を開く(近畿大学 2019年3月11日)
https://www.kindai.ac.jp/_hide/_news-pr/news_release/2019/03/015740.html
【イベント概要】企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- 2019年6月7日(金)〜11月4日(月・休)日本科学未来館で開催!
世界初公開! 冷凍古代仔ウマの“すごさ”
冷凍マンモスは食べられる!?
ー 先日、永久凍土から冷凍状態で「古代仔ウマ」が見つかったというニュースがありました。それも今回の調査で見つかったんですか?
そうなんですよ。2018年の夏に掘り出されたものです。私はこの1月にサハ共和国のヤクーツクにある「マンモスミュージアム」に行って見てきましたが、体を切開して内臓を取り出すと、ものすごく新鮮で、これが4万2,000年も前のものとは、本当に驚きました。非常に重要な標本で、今回の「マンモス展」で世界初公開となります。
ー 古代仔ウマのすごさはどんなところですか?
全身が見つかるということはまずありませんし、冷凍標本は毛が残っていないことが多いんです。腐敗してすべて抜けてしまうのですが、この仔ウマはまつげもきれいに残っています。でも今後の乾燥で毛は抜け落ちたり、色が変色してしまうので、この姿を見られるのは今だけなんです。
そして内臓がものすごく新鮮です。液体の状態で血液や尿も採取されましたし、2018年に見つかったばかりだから今まさに研究されていて、これからいろいろなことがわかってくると思います。
ー マンモスが永久凍土から出てくると、その肉をオオカミなどの野生動物が食べてしまうと聞いたことがありますが、4万2,000年前の古代仔ウマも新鮮なんですね。
昔は永久凍土から出てきた動物を、人間も食べていたみたいですね。
ー 先生も召し上がったことはあるんですか?
僕は食べたことはないです。さすがにそれは危険すぎますよ(笑)。永久凍土ってその当時の環境そのものが凝縮されていて、何が入っているかわからないですからね。そのときにいた細菌やウイルス、今の人間には免疫のないものがあるかもしれません。
でもオオカミや犬は食べるので、見つかるマンモスの多くには鼻がないんです。
ー 鼻は柔らかい部分だからなくなってしまうのではなくて、永久凍土から出てきた途端に食べられちゃってるんですね。
柔らかいからというのもありますが、食べられちゃうのもあるんです。で、牙はハンターが持って行っちゃう。だから鼻と牙がないものが多いんです。
冷凍のマンモスからも血液は採取されているんです。ロシア北東連邦大学マンモスミュージアムのセミヨン・グリゴリエフ館長は、発掘した冷凍マンモスから「凍っていない血液がドロッと出てきた」と言っています。これからの研究で、動物が寒冷化に対してどのように進化してきたか、内臓関係か、もしくは細胞やたんぱく質などのレベルで進化が行なわれていた可能性もあります。
古生物学の場合、通常は軟体の部分は残っていないので、どうしても研究対象が骨などになります。しかしこの冷凍状態の仔ウマやマンモスには軟体部分があるので、今までできなかった研究が可能です。ウマやマンモスの進化や寒冷化に対する体の適応力がどのように備わってきたか、そして絶滅の理由を解明できるかもしれないのは、すごくおもしろいですね。
マンモス絶滅の原因に
人類が関わっている!?
ー マンモスの絶滅には多くの人が興味を持っています。先生は絶滅の原因をどのようにお考えですか?
最近の研究では、マンモスが絶滅した一番の原因は気候変動と言われています。マンモスは寒冷化に適応した動物として進化を遂げて発展し、世界中に仲間を増やしたので、その寒冷化がなくなり、湿潤になって温暖化すると、マンモスとして身につけてきた毛や皮下脂肪などが必要なくなります。しかし、進化としてはそれは止められないんですね。そうすると、まずは、気候変動によってマンモスの住む場所が限られてきます。
ケナガマンモスは40万年前から4,000年前まで存在していて、その間に温暖化がなかったかと言うと、あるんです。そしてその間もマンモスはどこかで生き延びて、寒冷化するとまた分布を拡大しています。
そうやって進化を遂げて生き残ってきたものが、なぜ4,000年前の気候変動では絶滅してしまったのか。4,000年前の気候変動が、それ以前の気候変動より特別厳しかったということもありません。なので気候変動だけで絶滅の説明はできないんです。
最終的にマンモスはシベリア東部の北極海上に浮かぶ無人島、ウランゲリ島に渡って矮小化し、4,000年前までいたことがわかっています。しかしそこに至るまでに、きっとマンモスは彼らが住めるような場所に逃げ込んでいた。でもその逃げ込んだところに人間がいて、絶滅の最後のトリガーを引いたのではないか、というふうに、僕は思っています。
でもそれは絶滅の理由なのか、という疑問も残ります。絶滅の理由と、死亡の理由は違います。死亡の理由はさまざまです。種として、何が一番の絶滅の理由かというと、基本的には気候変動で、そこにプラスして人間という影響があったのではないか、ということになります。
マンモスはその地域の生態系のニッチ(生態的地位)※を形成しますから、マンモスがいなくなることによって、地域のいろいろな生態系が崩れるんです。それがまたマンモスにとってよくない状況になっていったのかもしれません。
※ニッチ(生態的地位):ある生物種のその生態系内での地位のこと。食べ物や住む場所、活動時間が異なることで多様な生物種がひとつの地域に共存することができ、一般的には、ひとつのニッチを異なる種で分け合うことはない。ニッチがかぶると生存をかけた争いが起こり、どちらか一方が絶滅する可能性もある。人為的要因で生態系が乱されるとニッチは混乱し、新たなニッチがつくられ安定するまでは、さまざまな種がその生態系に侵入し種間競合が起る。
絶滅の問題は一筋縄ではいかなくて、ひとつだけが原因ということはありません。そういった絶滅の問題を解明するうえでも、冷凍標本というのは、器官レベル、細胞レベル、分子レベル、遺伝子レベルで、いろいろな進化を遂げていった過程を解明できる可能性があるんですね。そうなるとマンモスの絶滅に一番大きなインパクトを与えたものが何かということがわかってくると思います。
最近の分子生物学では、マンモスの遺伝子の多様性はあまり変化がなかったという研究がされているので、種としてマンモスが絶滅に突入しているということはなさそうです。つまり、すごく数が少なくなってきて近親交配による劣性な遺伝子が増し、遺伝子の多様性がなくなると、増殖能力や環境適応能力が下がり絶滅するんじゃないかと。でも絶滅する数万年前までのデータではそれはないようです※。
※ウランゲリ島に渡って矮小化した「コビトマンモス」では、遺伝子の多様性がなくなっていることが確認されています。
そして胃の中を見るとたくさんの草が入っているし、牙の中には成長を表す年輪のような線があって、それを見ても飢餓が原因で死んだのでもありません。つまり、非常に短い期間にマンモスが大量に死んでいるということで、実際のところ、その理由はまだわからないんです。
だから今回の「マンモス復活プロジェクト」でマンモスを復活させると、さらなる遺伝子レベルの研究により、絶滅に対して何の遺伝子が関連しているのか、ということが解明できるかもしれません。
なぜマンモスの牙は巨大で湾曲している?
遺伝子、特殊化も絶滅の原因?
ー 絶滅は遺伝子も関係しているんですね。
関係していると思いますね。まったく関係していないとすると、絶滅の原因は外圧ということになります。
ー 遺伝子が関係しているかどうかもわかるんですね。
本来、生物というのはだいたい40万年くらいで絶滅してしまうんです※。
※ 種の寿命については諸説あります。種の存続には交配によりDNAを複製し続ける必要がありますが、複製の際にはコピーミスが起こります。何万世代にわたるコピーミスの蓄積が種の存続を阻み絶滅を迎えると考えられています。なお、その間に生まれる突然変異などにより別種となって進化する可能性もあります。
ー 種としての寿命、ということですね。
ないのもあるけどね。そして僕は “特殊化” というのをとても重要視していて、ある一定の環境にものすごく適応した生物は、ちょっとした環境の変化で急激に弱ってしまうんです。
アフリカゾウやアジアゾウがなぜ今も生き残っているかというと、あれは原始的な性格を持っているからです。もともとゾウはアフリカにいて、それがどんどん進化して最後にマンモスの姿になります。アフリカゾウやインドゾウは多少暑くなっても、寒くなっても適応力があるんです。
古生物学から考えると、生物の種の寿命というのは、こういった特殊化が一番の原因です。マンモスで一番特殊化が激しいのは牙で、この大きさは必要ないわけです。
ー それはメスが好きだったということですか?
メスが好きだったのではなくて、オス同士がメスを巡って戦うとき、牙が大きい方が有力だったということです。なぜこんなにも牙が湾曲しているかというと、その方が大きく見えるからです。「ディスプレイ」って言いますけど、なるべく相手に対して大きく見えるように進化した結果です。
ー シカの角と同じですか?
そうです。そして牙の大きなオスばかりが生き残り、その方向で進化すると、それは一種の特殊化ですよね。しかしあるとき環境が変化して大きな牙が邪魔になったとすると、大きな牙を持つマンモスは一気に死んでしまう。これが特殊化の問題ですね。
種の最後の行き着くところは、特化し過ぎてしまったものが、環境への適応力をなくして絶滅したのではないかと思っていますが、これを証明するのはとても難しいんです(笑)。本当にこれでいなくなったのかというのは、なかなか証明できないんですね。牙がどんどん大きくなっていったという理由の説明も難しい。僕は “内因” 、つまりその生物そのものが持っている方向性だと思っていますが。
最近の人はあまり “内因” を絶滅の原因としません。“外因” があった方が説明しやすいから、隕石とかウイルスとか、いろいろな説がありますが、死因は個々のマンモスそれぞれなんですよ。
僕は人間が何らかの形で絶滅に関わっていると思っていますが、今の人類学者や古生物学者の中には、「マンモス狩りはリスクが高い」と言う研究者もいます。馬や牛の方がリスクも低いし食べて美味しい。マンモスの死体は食べたかもしれませんが、リスクを犯してまでマンモス狩りはしていないのではないか、どうやって狩りをしていたのかもわからない、と。
ー 昔の本には落とし穴を使ってマンモス狩りをしていたと書かれているものがありましたね。
落とし穴をつくったかは不明ですが、フランスのルフィニャック洞窟には、1万3,000年前にクロマニョン人によって描かれたと考えられているマンモスや牛、ウマなどの壁画が残っています。ルフィニャック洞窟近くのクサック洞窟、そしてペシュ・メルル洞窟やニオー洞窟にもマンモスが描かれています。壁画の中には槍が描かれた絵もあるので、マンモスも狩りの対象になっていたんでしょうね。
しかし最近のビッグデータを使った研究で、人口が増えたときのマンモスの状況を調べたところ、人間の狩りだけではマンモスを絶滅させることはできないという結果となり、いまはその説が主流です。
絶滅の原因はひとつではありませんし、時代によってもトレンドがあります(笑)。いまは気候変動説が、大きな原因のひとつとして有力な説です。
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企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか-
2005年「愛・地球博」で約700万人が熱狂した「ユカギルマンモス」をはじめ、1977年に完全体で永久凍土から発掘された仔ケナガマンモス「ディーマ」の標本も38年ぶりに来日。近年新たに発掘されたマンモスや、さまざまな古代の動物たちの冷凍標本も世界初公開し、数万年前の生物の生々しい姿が見られる展覧会です。
さらに、世界各国で研究が進む冷凍標本から得られた組織を使った「マンモス復活プロジェクト」のなかから、マンモス復活の新たな一歩を踏み出した近畿大学生物理工学部の研究を紹介。最先端生命科学の “今” と、これからの生命科学のあり方について、みんなで考える展覧会にもなります。
企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- は、2019年6月7日(金)〜11月4日(月・休)まで日本科学未来館(東京・お台場)で開催。
近藤洋一(野尻湖ナウマンゾウ博物館館長)
1955年 東京生まれ。信州大学大学院博士課程終了理学博士。1984年 野尻湖ナウマンゾウ博物館開館当時から学芸員として勤務。2016年 野尻湖ナウマンゾウ博物館館長。学生時代から野尻湖発掘に携わり、現在、野尻湖発掘調査団の事務局を担当する。専門は、古脊椎動物学、第四紀学、日本各地のナウマンゾウの研究や古型マンモスの研究もすすめている。共著「最終氷期の自然と人類」「一万人の野尻湖発掘」「野尻湖のナウマンゾウ」など。企画展「マンモス展」古生物学監修。
野尻湖ナウマンゾウ博物館
http://nojiriko-museum.com
野尻湖発掘調査団
http://nojiriko-hakkutsu.info
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