2019年6月7日(金)から日本科学未来館で開催の企画展「マンモス展」監修
第34回 近藤洋一先生(企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- 古生物学監修、野尻湖ナウマンゾウ博物館 館長)
「マンモス復活プロジェクト」は
私たちに何を教えてくれるのか?
ー 絶滅の原因はなかなか特定できないということですが、絶滅の理由、原因が解明できると、私たちの未来にどのように役立ちますか?
人間の影響で絶滅した動物というのは、ものすごくたくさんいます※。今すぐにその影響は現れないかもしれませんが、たとえばアジアゾウでもインドゾウでも、人間がそこに住むことによって環境が悪くなり、どんどん数を減らし、今や絶滅危惧種になっています。
ゾウというのは環境を支えている生態系のトップにいて、ゾウが植物を食べ、移動しながら糞をすることで、いろいろな生物を維持できていて、それによってその地域の生態系が成り立っています。ゾウがいなくなると、その地域がどのように変化するか、今はまだわかりませんが、人間に関わってくるんですね。
マンモスを復活させることで、マンモスがどのように当時の生態系を維持していたかがわかれば、マンモスがいなくなると環境にどのような影響があり、何が課題なのかがわかってくるんです。そうすると今後は、環境を保ちながら生物の多様性を維持することができます。
※日本を含む130ヵ国あまりの科学者などでつくる政府間組織「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム」(IPBES)は2019年5月6日、この500年間で「ピンタゾウガメ」「ドードー」「フクロオオカミ」など、少なくとも地球上の680種の脊椎動物が絶滅し、現在も100万種の動植物が絶滅の危機にひんしているとする報告書を初めてまとめました。陸地の75%が人間活動で大幅改変され、保全の取り組みが進まなければ、今後数十年間で約100万種の動植物が絶滅すると警告しています。現在の絶滅速度は過去1000万年間の平均に比べて10〜100倍以上で、さらに加速しているという。
【参考】
・「動植物100万種が絶滅の危機」科学者団体が報告(NHKニュース 2019年5月6日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190506/k10011906921000.html
・「100万種が絶滅危機」IPBESが生物多様性の報告書(毎日新聞 2019年5月6日)
https://mainichi.jp/articles/20190506/k00/00m/040/095000c
しかしこれは、マンモスを一頭だけ復活しても意味がありません。広いところでマンモスがウマやバイソンなどと一緒にいる当時に近い環境であることが重要なのです。
絶滅の原因が遺伝子の中に残っているか、それ以外の何で残っているのかはわかりませんが、「マンモス復活プロジェクト」は、その方向をめざすべきだろうと思っています。ただ単に絶滅した生物を復活させるという興味だけではなく、現代の生物に対しての熱い眼差しを、マンモスから学んでもらえるといいかなと思いますね。これは私の私見ですけど。
復活はすごく倫理的な問題があり、復活することの是非や、何を考えて行かなければならないかも含めて、来場者の方にも考えていただければと、今回の「マンモス展」は、そのような展示にできればいいなと思っています。復活はすごく難しい問題ですが、興味深い展覧会になると思っています。
マンモスや永久凍土というのは、私たちにものすごくいろいろなことを教えてくれるんですね。まさにタイムカプセルで、古生物学者というのは、通常、骨や牙やそういうものからの研究しかできませんが、永久凍土の中から出てきた古生物は、現代生物の研究手法で4万年前の生物の研究ができるんです。永久凍土の中の生物の解明は、我々人類のこれからの地球環境を考えるうえでも、おもしろい投げかけをしていると思います。
もうすぐ地球は寒冷化
人類の寿命はあと150年!?
ー 古生物の研究されている方にとっては永久凍土が溶けて昔の生物が出てくることは良いことかもしれませんが、温暖化で永久凍土が溶け続けていくことは良いことなのでしょうか?
何がよろしくないかという価値観ですが、地球レベルで言うと、こんなことは普通のことで、人間がいようがいまいが、溶けるものは溶けるんです。それでどうなるかは、当然、生物にとってはマイナスになるものもいるし、プラスになるものもいて、それによって進化を遂げてきているんです。地球の法則性の中で考えれば、良いも悪いもありません。
ただ人間の存在が、地球にどのような影響を及ぼしているかは知る必要があると思います。溶ける速度は少し早まったかもしれない。でも、もうすぐ地球は寒冷化しますよ。すぐと言っても1,500年後くらいですが、ものすごく寒冷化します。しかしその時、人類は地球にはいないでしょうけどね。
火星に移住しようと考えている人もいるし、未来学者の中には、人類の文明はあと150年くらいしか存在できないという人もいます。進化を研究している研究者にとってはごく普通の考えです。
ー 150年後は、今の子育て世代のひ孫が生きているくらいのすごく近い未来です。それくらいしか生き残っていられませんか? 人間は40万年は無理ですか?
無理ですね。これだけ進化して、特殊化がすごいですから。こう言うと夢がないような気がしますが。でもそれで、その次があるんですね。おそらく、人間は。
生き残るためには自然と触れ合い
700万年の体験の蓄積を呼び起こせ!
ー 古生物の研究は、古代生物はもちろん、現生生物、地質、植物のことなど、いろいろなことを知らなければなりません。古生物の研究をしてみたいという子どもたちが、今、勉強しておくことはどんなことですか?
一番大切なのは、今の自然はどのようになっているか、どんな小さなことでもいいので、自分で触れて体験し、観察することです。都会でも公園にはダンゴムシがたくさんいるし、小さいうちからなるべく自然に親しみ、体験することが一番重要だと思っています。
小さい頃が一番感性が鋭くて、いろいろなものに反応します。その体験は大人になっても忘れないので、それをもとにしていろいろな知識を吸収した方がいいんです。私たちの体の中、DNAには700万年※の体験の蓄積があるんだけれど、小さいうちに自然に触れあっていないと、その体験や記憶、感性が蘇りません。だから僕は子どもたちと一緒に野尻湖でナウマンゾウの化石の発掘などをしているんですね。
※私たち人類はおよそ700万年前に、チンパンジーとの共通祖先と分かれて人間になったと考えられています。なお人間とチンパンジーのDNAの約99%は同じと言われています。
子どもたちの感性はとても鋭くて、発掘にきた小学生は大人になってもそのときの感覚を覚えていて、その体験は役に立っています。判断能力が養われ、困難なことがあってもサバイバルできる。それが古生物の研究にとっても一番重要です。でもこれは古生物に限りませんけどね。
だから小さい頃からコンピュータやスマホばかりを触っているのは良くありません。スマホに頼らないところをもっともっと重視しないと。これは特殊化ですから、ある時、突然、電気がなくなったら、人間は “あっ” という間に絶滅しますよ。
いまの世の中はとても特殊化していますが、みんなこの文明の特殊化に気が付いていないんです。子どものうちはもっともっと原始的なことを経験しておいて、コンピュータなどは後から、そしてなくなっても生きていけるようにしておかないと。
子どものうちに自然の中で遊んだり、観察をする体験、経験をしてほしいですね。家の前にある木を毎日見て、その様子から今年の夏はなんか変だなと気がつくようになれば大したものです。その変化に気づくことが大事なんです。それが生物を見るうえでも重要です。
ー 150年後も生きていけるのは、そういう経験を経て、アジアゾウ的な原始的な部分を養った子どもたち、ということですね。
そうそうそう(笑)。150年後も生き残っていけるのは、そういう子どもたちですよ。僕はそう思っています。
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インタビュー後記
マンモスは、なぜこれほど人を惹きつけるのでしょうか。古代の人類も、その大きさ、強さに憧れ、また命をつなぐ食料として、さまざまな素材として、畏敬の念と感謝を持って石に、骨に、その姿を刻んだのではないでしょうか。生きているその姿を目の前にした衝撃とは、どれくらいのものなんでしょうね。
しかし、だからと言って、マンモスを復活させるというのは、どう思いますか? 子どもと一緒に「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- を見て、親子でいろいろと話し合ってみてほしいと思います。復活したら、人間はやはり映画「ジュラシック・パーク」のような過ちを犯すでしょうか?
古生物の研究は、分子生物学の新しい手法で今までの研究を調べ直す、見直すと、まだまだ新しい発見があるそうです。子どもたちが古生物の研究で食べていくこともできそうです! 特にゾウは研究者が少ないそうなので、「これから研究するのはいいですよ」とのこと。近藤先生は野尻湖でナウマンゾウの化石の発掘も行なっていて、「野尻湖友の会」の会員になると誰でも参加できます。興味のある方は、ぜひ参加してみてください!
近藤先生のお話はとてもおもしろく、まだまだ聞きたいことがたくさんありました。ぜひまた、お話を聞かせてください!
近藤洋一(野尻湖ナウマンゾウ博物館館長)
1955年 東京生まれ。信州大学大学院博士課程終了理学博士。1984年 野尻湖ナウマンゾウ博物館開館当時から学芸員として勤務。2016年 野尻湖ナウマンゾウ博物館館長。学生時代から野尻湖発掘に携わり、現在、野尻湖発掘調査団の事務局を担当する。専門は、古脊椎動物学、第四紀学、日本各地のナウマンゾウの研究や古型マンモスの研究もすすめている。共著「最終氷期の自然と人類」「一万人の野尻湖発掘」「野尻湖のナウマンゾウ」など。企画展「マンモス展」古生物学監修。
野尻湖ナウマンゾウ博物館
http://nojiriko-museum.com
野尻湖発掘調査団
http://nojiriko-hakkutsu.info
日本科学未来館 企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか-
2005年「愛・地球博」で約700万人が熱狂した「ユカギルマンモス」をはじめ、1977年に完全体で永久凍土から発掘された仔ケナガマンモス「ディーマ」の標本も38年ぶりに来日。近年新たに発掘されたマンモスや、さまざまな古代の動物たちの冷凍標本も世界初公開し、数万年前の生物の生々しい姿が見られる展覧会です。
さらに、世界各国で研究が進む冷凍標本から得られた組織を使った「マンモス復活プロジェクト」のなかから、マンモス復活の新たな一歩を踏み出した近畿大学生物理工学部の研究を紹介。最先端生命科学の “今” と、これからの生命科学のあり方について、みんなで考える展覧会にもなります。
企画展「マンモス展」-その『生命』は蘇るのか- は、2019年6月7日(金)〜11月4日(月・休)まで日本科学未来館(東京・お台場)で開催。
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