いろいろな現場に連れて行く
僕の親父の子育てで、娘を育てる
ー 以前テレビで、ヒマラヤに登るトレーニングを日本の山で絵子さんと一緒にしているのを観て、とても良い親子関係だなと感じました。野口さんはどのような子育てをされているんですか?
親父が僕にしたのと同じやり方ですね。僕の親父は外交官だったので、例えばエジプトなら難民キャンプやスラム街などの現場にやたらと連れて行かれました。そして、「世の中にはA面とB面がある」と。
ピラミッドは観光地です。高級ホテルが立ち並び、観光バスがひっきりなしにやってくる華やかな場所。しかし30分くらいしか離れていないところにスラム街があります。下水もなくて臭いし治安も悪い。ピラミッドはA面、スラム街はB面ですね。その対比は子どもながらに衝撃的でした。そして親父は「世の中のテーマはB面にある。だからB面を見ろ」と言っていました。
いま僕がやっている「シェルパ基金」は、エベレストのB面ですよね。登山家は登頂すればニュースになるけど、その影でシェルパが亡くなっても誰も取り上げない。ゴミの問題もそうです。清掃をするまでエベレストのゴミは一般に知られていませんでしたし、富士山も遠くから見ればきれいだけど、樹海は不法投棄の山。どちらもB面です。僕は沖縄の戦没者の遺骨収集もやっていますが、リゾートホテルがある一方、ガマ(洞窟)に入ればまだまだ遺骨がたくさんあるんです。ガマの中で遺骨を見つけると、これも観光業の盛んな沖縄のまた別の面だなと思います。
僕はいろいろな活動をしていますが、それは子どものころ親父にたくさんのA面とB面を見せてもらい、「B面だぞ、B面」と言われたのがどこかに残っていて、僕の人生に大きく影響しています。なので娘にどのように接していくかと考えたときに、勉強を教えることはできないから、いろいろな現場に連れて行こうと思いました。
小学生のときから一緒に山に登ったり、3.11の震災も、直後は無理だったけど10ヵ月後に被災地へ連れて行きました。あの頃はまだ瓦礫もたくさんあって震災の爪痕がものすごくリアルな状態でした。被災地に行くと、いろいろなものを見すぎてしまうし、背負ってしまうので精神的に疲れ果てて東京に帰ってくるんですが、東京は何事もなかったかのように能天気な感じでギャップがすごいんです。しかたのないことなんだけど、このギャップは体験した方がいいと思って絵子も連れて行くことにしました。現場に行かないとわからないことってたくさんあるんです。
熊本ではテント村でトイレ掃除をさせたり、ヒマラヤのランドセルもそうですが、現地の人に喜んでもらえると嬉しいんですよね。それがやりがいになってくる。ネパールの活動は絵子が将来引き継ぐと言い出したので、洗脳はうまくいっていますね(笑)。
子どもたちが明るいと、大人が救われる
避難所での子どもの役割
ー 野口さんご自身も被災地に行くと精神的にキツイとおっしゃっていましたが、絵子さんは大丈夫ですか?
「トラウマになるんじゃないか?」とか、けっこう言われましたが、娘の様子を見ながら、あまりにもキツそうなら途中で引き返せばいいと思っていました。でも、何か手伝いをして喜んでもらい「ありがとう」と言われると嬉しいんです。ボランティア活動って、嬉しくないと続かないんですよね。
そしてずっと被災地にいて思ったんですが、子どもの役割ってすごくあるなと感じています。避難所って基本的に大人は暗いんです。失ったもの、背負っているものが多いから。でも子どもたちはけっこう明るい。テント村でうちのスタッフとサッカーやかけっこをして遊んでるんです。そして子どもたちと遊んでいると、だんだん親もそれに加わって、会話するようになるんです。子どもたちが明るいと、大人が救われていくんです。
避難所ってどういう雰囲気をつくっていくかがすごく大事なんですが、子どもたちが楽しそうな避難所じゃないと暗くなりますね。子どもたちはお年寄りに重い水などの救援物資を運んだり、トイレのサポートもやる。熊本大地震のときのテント村では子どもたちと大人たちがお互いに支え合っていました。するといい雰囲気になって一体感が出て明るくなる。
雨風をしのげるのはもちろん大切ですが、家族や家を失った、いろいろなものを失い、いろいろなものを背負っている人たちが、仮設住宅ができるまで、次の新しい生活に向けていかに気持ちを切らせないかが重要で、少しでも前向きになれる空間が必要なんです。そこに子どもたちの存在ってものすごく大きいんです。
僕の活動は子どもたちとのコラボが多いんですよね。だから環境学校も、この書籍もそうですが、子どもに何かを教えるというよりも、一緒にアクションして広めていきたい。その方が可能性を感じます。
ー 子どもを被災地に連れて行くのはハードルが高いので、日常で何か一緒にできることはありますか?
例えば子どもたちの通学路のゴミ拾いはどうでしょう。これは絵子が小学生のときに僕がやったことです。毎日通っている道なので「よく知ってる」と言うから、「本当に知ってるか?」と。本気でゴミを拾おうとすると、ベンチの下とか、自動販売機の裏とか、普段とは異なる目線、異なる角度で通学路を見直します。そうすると、こんなところにたくさんのペットボトルがあるとか、“ハッ” とするんです。発見がある。近所の公園に行くときもゴミを拾おうとなったり、だんだん僕よりも娘の方が多くのゴミを拾うようになるんですよね。目線が低いからよく気がつくんです。だから、身近にあることでいいと思います。例えば環境問題に興味があれば、“まず自分たちに何ができるか” を考えることですね。
ー 野口さんはそれを楽しそうにやっていそうですね。
そうですね。楽しくないと。そして「どんなゴミがあった?」「なんでそのゴミがあると思う?」とか、ゴミを拾って終わりではなく「じゃあ、どうしたらいいだろう?」とかね。そんな話もよくしましたね。
娘と1ヵ月山の中って「ありえなくね?」
日本人は家族で何かをする時間が少ない
ー それもお父さんの影響ですか? 夕食の時間はかなり恐怖だったとか。
子どもの頃の父親との会話は恐怖というか、本当に大変でした。食事の時間はディベートというか、いきなり質問されて、すぐに答えないといけなかった。自分の考えがないのがダメでした。親父は80歳ですが、まわりの人からは親子でよくしゃべるねって言われます。僕と絵子もそうですね。特にヒマラヤに行くと1ヵ月、テントの中でずっと一緒ですからね。よくしゃべりますよ。
ー 話題は尽きませんか?
毎日山に登っているから、今日はこんなことがあったとか、明日はこうしようとか。あとは娘もよく本を読むので、中3のときかな、キリマンジャロで太宰治の『人間失格』を読んでいて、暗い本を持って来たなぁと思ったんですが、「パパ、これ深いよ」って言うから、昔読んだことはあるんですが、もう一度読んでみたら「こんなにおもしろかったのか!」と。で、2人で『人間失格』のどの部分がどうおもしろかったか、15歳から見る『人間失格』と40代後半の僕から見るのとでは違いがあって、それもまた楽しかったですね。テントの中は暇で時間もあるし、ランタンの光が特別な空間を演出してくれるので、話も弾みます。
あと僕も娘も写真を撮るんですが、ゴミ拾いができると写真が撮れるようになりますね。その人の視点が出ますから。お互いの写真を見ながら話をします。
日本の親子って、一概には言えませんが、僕がひとつ強く思うのは、家族で何かをする時間が少ないですよね。絵子が留学しているニュージーランドでは、週末には必ず家族でキャンプに行きます。いろいろなところにホームステイしても、大抵週末は山、川、島などに行って、親子で楽しく過ごしています。
僕が娘とよく山に行っているということを知ると、日本では多くの人が「中学生くらいになるとお父さん嫌いって言わないの?」とか、「よく娘と2人で1ヵ月も一緒にいられるね」とか、僕も言われるけど、絵子も日本の友だちにはよく言われるんです。「父親と1ヵ月山の中ってありえなくね?」「なんなんその親子関係?」って。みんな自分は耐えられないと。
短い時間で濃い関係になれるので、家族でキャンプに行くのはいいと思いますよ。テントを張る、料理するなどそれぞれの役割分担ができるし、自然の中、テントの中、ランタンの灯りって特殊な空間です。絵子も小学生の頃は内気だなと思っていたけど、一緒に山に登るようになってからよくしゃべるようになりました。最近はうるさいですよ(笑)。山とか自然には、人の心を開かせる、そういう力があるんです。
いろいろな活動をしていますが、僕がいま純粋に楽しいなと思うのは、娘とはじめた山登りですよね。コロナがなければ2020年、2021年には6,000メートルの山に登り、それからエベレストに挑戦というイメージをお互いに持っていたんですが、しかたがないですね。
高い山にはいきなり行くわけではなく、日本の山で15時間ぶっ続けで歩ける体力をつけようと、練習を繰り返します。悪天候のときもあえて行きます。悪天候ってとても大事で、トレーニングで天気がいいときばかりだと、いざ本番で吹雪になったときに精神的に耐えられない。猛吹雪はダメですが、雨や雪が降ってる、寒いとか、そこそこの悪天候、不快な状況下を十何時間ずぶ濡れになりながら一緒に歩く。最初は「寒い」って泣いていたのが、経験を積むうちに「まだ余裕」とか、「これ以上追い込んだらまずい」とか、自分の限界がわかってきます。
実際、キリマンジャロは山頂近くで猛吹雪になりました。他の隊は撤退し、絵子もギリギリの状態だったと思うけど、「やれるか」と聞いたら「やる」というから、「あと2時間あるぞ」って、ちょっと無理したけど登りました。相当寒かったけど、娘もパニックになることなく登りきりました。
「していい無理」「してはいけない無理」
自然の中のプチピンチで生命力を養う
ー 経験を積むことで限界は伸びていきますが、それは書籍にも書いてあった「していい無理」と「してはいけない無理」の境界がどこかがわかってくる、ということですか?
「していい無理」と「してはいけない無理」の話は以前からしていたんですが、山に行くようになって実感として理解したと思います。
ー キリマンジャロのときの絵子さんの「やる」という判断は、「していい無理」だと野口さんも判断されたということでしょうか?
あれは「していい無理」のギリですね。僕も常に絵子の様子は見ていました。でも気持ちが切れていなかったし、弱気やパニックにもならず淡々としていたので、いけるかなと。悪天候のトレーニングを積み重ねていなかったら無理でしたね。
自然の中ってプチピンチがあるじゃないですか。それで生命力が養われていく。だから日本の子どもたちに思うのは、自然体験をもっとしてほしいということですね。西欧人などと比べると本当に少ない。今後は自然災害も増えていきますから、必要なことだと思います。
わからなくてもいいから “最初の一歩” を踏み出す
想いを伝えれば、人は集まる
ー この本を読んだ子どもたちが、アルピニストになりたい! 野口さんと支援活動をしたいという目標を立てたとします。小学生の今、どんなことをしたら、その夢に近づけますか?
いまは真面目な子が多いと思うんですよね。何かアクションを起こすのでも、すごくちゃんと準備をしないと動き出せなかったり、失敗したくなくて慎重になっちゃう。
東北も熊本の地震も被害は大規模で、僕ひとりでなんでもできるわけじゃない。だから何かひとつでいいからできないかなって考えます。それで東北には寝袋を持って行ったし、熊本にはテントですよね。ひとつです。そして活動に行き詰まったら、twitterとかで状況を伝えるとともに「どうしていいかわからない」って言っちゃいます。そうすると、いろいろな人がアドバイスをくれるし、専門家の方がテント村まで来てくれたりします。情報発信すると、毎日テント村にいろんな人が来てくれるんですよ。
だから若い人には、難しく考えずに最初の一歩を踏み出す、わからなくてもいいからアクションを起こそうと伝えたい。わからないことは恥ずかしいことじゃないし、本気ならいろいろな人が集まります。若い人が声を上げるのを待っている大人もたくさんいると思う。
僕の活動も、失敗はたくさんあります。でも過程に失敗があっても、最後ちゃんと形になればいいと思っています。みんな最短距離をめざしたがるけど、僕の人生を振り返っても、けっこう遠まわりしています。そんなに順調じゃないですよ。
“コツコツ” のコツのコツを地味に地道に大切に
夢は娘とエベレスト、ずっと一緒に冒険を続けたい
ー 今回の書籍を通して子どもたちに伝えたいことは?
植村直己さんの書籍『青春を山に賭けて』を読んで、「コツコツやる」の一つひとつの「コツ」を大切にすることを学びました。小さなことを大切にする人だったんですね。でも特に登山家は、小さなことをバカにすると、そのバカにしたことに殺されます。疲れていると、ちゃんとザイルを結んだかを確認せず、斜面で体重をかけたら結び目が解けて滑落しちゃうとか、靴にしっかりとアイゼンを着けていなくて、斜面でとれて滑落するとか。小さなことに対して手を抜き、確認を怠ると死んでしまうので、僕らはなおさらその想いが強いんですが、何か目標を持ったときには、小さい “コツ” を大切にしてほしいですね。
高校や大学に講演に行くと、「どうすれば効率的に成功できますか?」という質問って多いんです。一気に駆け上がって成功や夢を掴みたい気持ちはわかりますが、しっかりとした土台がないと一瞬で崩れてしまいます。小さく積み重ねることは、強い土台をつくることなんです。
あとはひとりで全部やろうとしないことですね。テント村も富士山のゴミ拾いもひとりじゃ無理。みんなを巻き込んでいます。だからいろいろな人に、いろいろな形で想いを伝える。仲間を増やして、みんなでやることが大切です。
ー 今後の目標、挑戦、夢を教えてください。
ネパールのポカラにつくっている学校には日本式の教育を取り入れようと思っています。音楽や体育の授業もあって生徒たちがトイレも掃除する。手を洗う習慣をつけ、カースト制度もなくす。図書館もある。それが成功すればネパールにとってひとつのモデルケースになり、真似をする学校が出てきて広がっていくはずです。ひとりでなんでもはできないので、1つのモデルケースをつくりたいですね。学校って校舎をつくって終わりじゃなくて、中身が大切。定期的に通って、先生や生徒とこれからどうしていこうかと話をします。楽しみですね。
あと個人的に楽しいのは、娘とヒマラヤに行くことですね。絵子はエベレストに行きたいと言っているので、それはつまり僕ももう1回登らないといけないということで、娘は若いからいいけど、僕には大変だって話ですよね(笑)。一緒にエベレスト、いつになるかわからないけど、でもずっと一緒に冒険を続けていきたいですね。
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ネパールでの学校づくり、エベレストや富士山のゴミ拾い、東北、熊本地震の被災地支援などの活動を通して子どもたちに伝えたいこと
インタビュー後記
とても気さくに話をしてくれた野口健さん。しかし考えてみると、世界七大陸最高峰登頂に成功した世界的なアルピニストなんです。世界七大陸最高峰登頂に成功した人は、宇宙に行ったことがある人より少ない※んです。
そんなすごい人が、身を削るようにさまざまな支援活動をしていて、その真っ直ぐなパワーはどこから来るのか不思議でしたが、「子どもの頃の出来事は大きいですよね」とおっしゃる通り、それは自身が受けた差別やいじめの体験、そしてお父さんの教育が源でした。
お父さんの教育、そしてそれを受け継いだ野口さんの子育ては、同じレベルで真似はできなくとも、誰にとってもとても参考になるものだと感じました。野口さんと絵子さんとの親子関係がそれを証明していて、子どもの自然体験、そして家族で一緒に何かをする時間を持つことを、できる範囲で取り入れてみたいですね。
今度はぜひ、絵子さんのお話も聞かせてください。絵子さんから見た野口さん、そして子育てや教育について、どのように感じているか、とても興味があります。
本当にたくさんの話をしていただき、インタビュー記事が長くなりすぎて泣く泣く掲載から外したエピソードも多く、何かの機会にお伝えできるといいなと思っていますが、児童書『登り続ける、ということ。ー 山を登る 学校を建てる 災害とたたかう』にも書かれているので、ぜひご一読いただければと思います。
※世界七大陸最高峰登頂に成功した人は、2011年現在約348人。これまでに宇宙に行った人は、2020年現在で566人(高度100kmを越えたことを意味し、弾道飛行を含む)。なお日本人に限ると、前者は15人(2016年8月時点)、後者は12人(2020年現在)。
(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/七大陸最高峰
https://iss.jaxa.jp/iss_faq/astronaut/astronaut_010.html
https://kamakura.keizai.biz/headline/392/
登り続ける、ということ。ー 山を登る 学校を建てる 災害とたたかう
学研プラス
1,540円(1,400円+税10%)
世界七大陸の最高峰を当時最年少記録で登頂した野口健さんは、過酷な登山を続けながら、ネパールでの学校設立や植林、国内外での大地震の被災地支援などに取り組んでいく。なぜ、困難に挑み続けることができるのか。野口さんから若い読者へ贈る、ゆるぎない信念のメッセージ。
野口健(のぐち けん)
アルピニスト。1973年アメリカ・ボストン生まれ。亜細亜大学国際関係学部卒業。1999年、エベレストの登頂に成功し7大陸最高峰の世界最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。富士山清掃活動をはじめ、シェルパ基金設立、被災地支援など、環境活動、慈善活動を多く行う。著書に『確かに生きる 落ちこぼれたら這い上がればいい』(集英社)、『あきらめないこと、それが冒険だ―エベレストに登るのも冒険、ゴミ拾いも冒険!』(学研)など。
野口健公式ウェブサイト:https://www.noguchi-ken.com
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