「勉強したくない」という理由でアメリカへ高校留学
大学4回生のときに勉強する楽しさを知り、昆虫を勉強したいと決意!
ー 小さい頃から昆虫には興味があったのですか?
大阪府松原市の生まれで、駅前の実家で育ちました。周辺にいる身近な動物と言えば、昆虫でした。昆虫以外ではカナヘビやカタツムリ、あとカニをたま〜に見ましたね。メダカや金魚、フナ、ナマズ、ザリガニ、カメなど川の生き物はけっこう飼いましたし、犬、猫、インコ、チャボなどのペット、ナス、トマト、キュウリなどの植物も、幼稚園とか小学生のときに育てていて、それは今に役立っています。
昆虫ではアリやコオロギ、バッタ、セミ、蝶、ハムシ、ハチ、鈴虫、パセリについていたキアゲハの幼虫などに興味があって、カブトムシやクワガタにはあまり惹かれませんでした。虫採りや釣りに行ったり、昆虫が好きだったことは間違いありませんが、山の中に入ってまで探したり、昆虫館や昆虫展に行くこともなく、図鑑も普通に見ていたくらいで、図鑑に載っている昆虫の名前を全部覚えたり、標本もつくらなかったですし、今で言う昆虫少年ではなかったですね。
ー 高校からアメリカに留学しています。「勉強がしたくなかった」というのが理由と聞きましたが、そのほかの理由は?
反抗期で、とにかく親から離れたいというのはありましたね。そしてアメリカだったら夏休みは長いし、宿題もないし、勉強をあまりしなくてよさそうと思いました。アメリカに行けば勉強しなくても英語くらいはできるようになるだろう、英語が身に付けば何かできるかなといった甘い考えもありましたね。母親の「留学という選択肢もあるよ」のひと言で決心しました。母親は冒険好きで斬新な考え方をするので留学には賛成でしたが、父はエリートコースというか、トントン拍子で行ってほしい考えだったので留学には反対。型にはめたかったようでしたが、父親を押し切るような感じで留学しました。
ー 高校留学は昆虫とはまったく関係ないと思いますが、そこからどうやって昆虫の世界への道が開けたのでしょうか?
大学卒業を目前にしても、卒業後に何をしたいかまったくわからなくて、だから就職ももちろんできないような状態でした。でも大学の後半2年間は生物学とか生きものに関する勉強をしていて、生物学にはまったというか、やはり生き物が好きだったので、そこで初めて勉強がオモシロイと感じるようになったんですね。大学4年目の頃です。それで昆虫を少しでも極めたい、昆虫の道に進みたい! と大学院を探して、勉強を続けたいと思いました。それが今の学者という「職業」につながっているのかもしれません。この先どこまでも勉強したい、し続けたい‥‥。今も、学生の感覚が続いています。極めることは一生かかってもできませんね。
興味あることに突き進めば、必ずどこかでつながり、広がっていく
ー “虫コブ”をメインに研究をされていますが、そのきっかけは?
僕の教官が虫コブの研究を少しやっていたんです。蛾も虫コブをつくる昆虫なのですが、教官は蛾があまり得意ではありませんでした。逆に僕は蝶と蛾が好きなので、教官の苦手な部分をカバーするというか、僕の得意な蛾で虫コブの研究をはじめたのがきっかけです。地味な世界です(笑)。そこからはじまって今に至っていますが、蛾の虫コブの研究は誰もやっていなかったのでチャレンジ精神に火が付いたところもあり、今までに100種以上の虫コブをつくる蛾を見つけました。予想では世界中に1,000種くらいいるだろうと考えています。
そうやって自分の興味のある研究をしていく中で、探検昆虫学者という話が舞い込んだんです。僕が蝶や蛾をはじめとする昆虫の生態を詳しく研究していたから抜擢されたわけで、何かをやっていれば、必ずどこかでつながる。そういうことは何回もありました。
ー この研究をしたら、こんな仕事が来る、とはまったく予想していないわけですよね?
まったくその通りで。あるグループの蝶を探しにハーバード大学の教授がコスタリカに来たのですが、すでに僕が飼っていて、「今、持ってますよ」と。そしたら一緒に研究しようということになったり、スミソニアン博物館の博士がアメリカの検疫で引っかかった蛾を調べないといけなくなって、協力して欲しいと依頼があったんですけど、僕はその蛾を幼虫から飼育して生態をすでに解明していたとか。僕の興味でやっていた、一見、意味がなさそうなことでも意味があるということがけっこうあるんです。
依頼があるから調べるということだけではなく、自分の興味で調べているんですが、突き進んでいれば、どこかでつながって、広がっていくんです。常に興味ある昆虫を飼育して、生態を解明していると、それが今後何かの役に立つかもしれない。やっていることは無駄にならないですね。
みんながやらないこと、みんなができないことをやらせてもらっているから
僕がいることで誰かの何かの役に立つ
ー ハキリアリは巣の中にキノコを栽培してエサにしています。生態を調べないとわからなかったことですが、西田さんが調べて見つけた驚きの昆虫の生態はありますか?
コスタリカに来た最初の頃、高山でハナアブの一種の幼虫を見つけたんです。普通ハナアブの幼虫はアブラムシとか小さな昆虫を捕食する、テントウムシみたいな役割をしているんですが、その幼虫は葉っぱに潜って、葉っぱを食べていました。飼育して観察してみて、何度やってもその幼虫が成虫になるとハナアブなんです。そこで「ハナアブの幼虫が葉っぱを食べている」と教官に言ったのですが、まったく信じてくれない。専門家に写真を見せたり、説明しても、2年くらい信じてもらえなくて。そこでもっとデータを集め、これだけデータがあるんだと見せることで、ようやく信じてもらえました。結局、新種ということがわかって名前をつけて、詳しい生態を書いて、論文にして発表しました。わかりやすく言うと、ライオンがニンジンを食べて生きているというくらい衝撃的なことなんです。小さな虫だからインパクトがないのですが‥‥(笑)。
ー それはちょっと不満なんですか(笑)?
それは不満ですよ(笑)。専門家にとってはものすごい衝撃だったわけです。2年も「そんなはずない」と言っていて、天動説とかそれくらいのインパクトなんです。でも「ハナアブの幼虫が葉っぱを食べています!」と言っても、一般の人にとってはそれって変わっているの? という感じですから。セロリだけを食べて生きている猫がいるとか、それくらいわかりやすく説明しないとすごさをわかってもらえないのは、ちょっと寂しいですね(笑)。
ー カブトムシとかクワガタには興味なく、小さな虫が好きだそうですが、理由はあるのですか?
子どもの頃から身近にいたのが小さい虫だからですかね。なぜか微小なものに惹かれます。しかもあまり研究されていないから、さらにやりたくなる。流れに乗るのが苦手というのもあるけど、子どもの頃から誰かの真似はしたくない、真似されたら違うことをする、とにかく人と同じにはなりたくないという潜在的な感覚があったのだと思います。蛾の虫コブの研究も、さまざまな理由から敬遠されています。そもそも虫こぶを開けないと中が見えなかったり、人気のない昆虫であったり、1cmにも満たない蛾はとてもデリケートで標本をつくるのがとても難しいんです。しかし、だからこそ燃えてくる。情熱が湧くのでしょう。みんながやらないこと、みんなができないことをやらせてもらっているから、僕がいることで誰かの何かの役に立つことができる。
ー 自分の体で昆虫の幼虫を飼育したこともありますよね?
はい。ヒトヒフバエの幼虫を、腕とお腹の皮膚のところ(下)で飼育したことがあります。幼虫のいるところには固い山形のしこり(コブ)ができて、その箇所を少々叩いても中の幼虫には影響がありません。山頂部分には穴が開いていて、幼虫が呼吸するために出たり入ったりしていました。これは、幼虫が生きていくために僕の体の一部を操作しているわけで、中は見えないけど、虫コブの仕組みを理解するとてもいい勉強になりました。そしてちょっとお母さんの気持ちがわかりました(笑)。
ー それはお母さんが聞いたらどう思いますかね(笑)
自分の体の栄養を与え、痛みもあるんですよ(笑)。でも体験することで、それまで蓄えてきた知識や情報がちゃんと活かされるというのはとてもよかったです。
真似ではなく、自分の道を!
ー 西田さんのようになりたいと思っている昆虫好きの子どもたちにアドバイスをいただけますか?
現実として「探検昆虫学者」のような職業はほとんどないし、生物学全般にも言えることですが、昆虫で職業を探すのは難しいと思います。でも勉強ばかりではなく小さいころから自然と触れ合うようにして、人それぞれ違うから、誰かを真似て後を追うのではなく、自分の道を行くのがいいと思います。同じ探検昆虫学者を目指すにしても、自分の道を歩んで辿り着いてほしい。そうすれば僕とは違った魅力がその人に備わると思います。吸収するところはもちろん吸収してもらい、あとは自分なりに挑戦した方がいいですね。そして、親御さんはあまり手をかけない方がいいですよね。親が手をかけると子どもはそれを頼ってしまうし、しかもそれは親御さんが望んでいる道になっていることが多いと思うので、そこは気をつける必要があると思います。
ー 今後の夢、目標は?
やりたいことを続けられるといいですね。先入観をなるべくなくして、常に学ぶという姿勢と、脳が硬化しないように柔軟な受け皿を持っていたいと思っています。
自然環境についての意識も常に持っていたいですね。昆虫も必要とされてこれだけの種類、数がいるんです。人間の目の届くところ、届かないところでみんな何かの役割を果たしていて、それでこの世の中はバランスが保たれ、人間も生き残っているわけです。昆虫が棲めない環境には、人間は住めないですね。
子どもたちには昆虫から“生きている”ということや、“食べないと生きていけない、周りの命に生かされている”ということを知ってもらい、人間は昆虫のように変態しないから、そういう不思議なところも含めて“生命”を実感してもらえればと思っています。
インタビュー後記
西田さんの虫コブの飼育では、80パーセント以上の確率で虫コブ内の幼虫は寄生バチに寄生されていたそうです。つまり自然界において、大半の昆虫の数のバランスを保つ役割を担っているのが寄生バチ。しかし自然破壊によって寄生バチが棲みにくい環境になると、昆虫の数が制御されずバランスが崩れてしまう‥‥。
「昆虫のいない世界では人間も生きていけない」という言葉がとても印象的でした。手遅れになることが多いとおっしゃっていましたが、「探検昆虫学者」という仕事がなくなるよう、今、私たちは何をすべきか、何を子どもたちに伝えていくべきか、まだまだ聞きたいことがたくさんありました。
興味のあることに対して真剣に突き進んできたからこそ、いろいろな世界とつながり、今がある。昆虫の好き嫌いに関わらず、西田さんのその姿には、たくさんの方が共感や新たな気づき、自らを鼓舞する気持ちを得られると思います。ぜひまたお話を聞かせてください! それまで『キッズイベント』も興味あることに突き進みます!
西田賢司(にしだ けんじ)
探検昆虫学者。1972年、大阪府松原市生まれ。中学卒業後、米国に渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目の良さ、飼育や写真記録のうまさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在はコスタリカの大学や世界各国の研究機関からの依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。NHK「ダーウィンが来た! 生きもの新伝説」「ホットスポット 最後の楽園 season2」、NTV「世界の果てまでイッテQ!」、TBS「世界ふしぎ発見!」、MBS「情熱大陸」などテレビ出演多数。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)、『コスタリカの奇妙な虫図鑑』(洋泉社)など。Webナショジオで「コスタリカ昆虫中心生活」を連載中。
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