『シーズンズ 2万年の地球旅行』に込めた “映画を撮りたい”という想い
ー ドキュメンタリーでは珍しい手法だと思うのですが、『シーズンズ 2万年の地球旅行』では脚本(シナリオ)や絵コンテを用意し、あらかじめストーリーを決めて撮影に望んだそうですね。
『オーシャンズ』のときにアメリカの批評家が「この『オーシャンズ』は、フィクションではないけれど、フィクションのように考察して撮影、編集されている」と言っていて、わりと当たっているなと思ったのですが、この『シーズンズ 2万年の地球旅行』にも同じようなことが言えると思います。
『シーズンズ 2万年の地球旅行』にも、ドキュメンタリーというよりも映画を撮りたい、という想いがあるんです。だからちゃんと脚本(シナリオ)も書き、それもアバウトなものではなく、たとえばクマのシーンが多すぎるとか、人類が登場し過ぎているとか、動物の配分やバランスも考えたものになっています。しかしその通りに撮影するということではなく、実際の撮影では脚本から開放されて、周囲にある自然を注意深く撮影していきます。
脚本は、私たちがどういう方向性の作品にしたいかということを共通の意識として持つために必要なのです。たとえば山の中で猛禽類と遭遇したら、それをただ撮影するのではなく、このストーリーの中のここで使えるということがわかって撮影できるんです。もちろん編集段階で、そういうふうに撮影したけれど使わなかったとか、違う方向にしたいということはあり得ますが、映画を撮る、ストーリーを語るということありきでスタートしているので、脚本や絵コンテで作品の方向を決めておくのは大切なことなのです。
ー その中で、クルーゾ監督とペラン監督の役割分担はありますか?
ルールはないし毎回役割は変わるのですが、このシーンを撮りたいと言えば担当になります。たとえそのシーンの脚本を自分が書いていたとしても、ペランが行きたいと言えば譲ることもあるし、その逆もあります。
でもそういう撮り方をしていてわかるのは、我々が映画を撮っているというよりも、映画が勝手に道を歩んでいるような気がします。最初の脚本では3時間の作品だったのですが、それを1時間半にするには辛い選択もありました。しかしわりと自然に、この映画ならこうじゃなきゃいけない、というものが選ばれていった感じがありますね。
削っても削っても3時間、動物と人類の長い共生の歴史を1時間30分に
ー 2万年前から現代までという、ものすごい長い時間を表現するのに一番苦労したことは何ですか?
先ほど脚本の話をしましたが、最初は3時間もある作品でした。長過ぎるのでシークエンスをどんどん削って半分にしたんです。
たとえばルイ16世の時代、フランス革命のちょっと前ですね。鳥や虫以外の生物で最初に空を飛んだのは人類ではなく動物でした。モンゴルフィエールという兄弟が気球を発明し、それに乗せたんです。本当は人間を乗せたくて、ベルサイユでは人間を乗せようとお祭りが起こったほどでしたが、ルイ16世が人間を実験台にするわけにはいかないと、羊、鶏、カモになった。この3匹がどうなるか。1,000人もの観衆が見守るなか8km以上も飛行し、無事帰って来たんです。
ロケットで宇宙にはじめて行ったのも猿ですし、ルネッサンスの前までは、動物に対して訴訟を起こすこともありました。裁判官の前で、この動物をどういう罪状にするか、ときどき人間の赤ちゃんを豚が食べてしまうということがあって、その豚は死刑にされていました。最初の3時間の脚本では、これらも見せたかったんです。
ー 今とは違う映画になりそうですね(笑)。
14世紀にペストという疫病が流行りました。ドブネズミに寄生するノミを媒介して人に伝染するのですが、アジアからやってきたネズミがドブネズミを排除したことにより、ペストは沈静化しました。アジアのネズミがヨーロッパを救ったんです。動物と人類の共生の歴史は非常に長く、とても興味深いことも起こっています。しかしそのすべてをこの作品の中で語ることはできないので、そういうものを次々とカットしていきました。しかし脚本を書き直してみるとまた3時間になって‥‥と、その繰り返しの作業は大変でしたね。
新たな眼差しで、子どもたちに、まだ残っている野生の世界を見てほしい
ー 監督が映像の中に込めたメッセージは?
字幕版では最後に「人間と動物たちの共生の時代はとても長く、しかし波瀾万丈の日々だった」というナレーションが入ります。この2万年は動物たちが生きるには厳しい時代でしたが、野生の世界はまだ残っています。決して全滅したわけではありません。このメッセージには、未来の世代、子どもたちに、まだ残っている野生の世界に新たな眼差しを持って見てほしいという想いを込めています。今回の撮影は、主にポーランド東部にある原始林で行ないました。ロシア皇帝の私有地だったため、700年ほど人間が踏み込まなかったことにより、貴重な自然が残っていたんです。
ー 撮影中に環境破壊や動物の変化に気が付いたことはありますか?
今はもう一回自然を野生に戻そうという動きが生まれてきています。たとえば山の裾野、側面では農業は難しいと判断したら、ここはもう一度野生に戻そうと。だから森が少しずつ戻って来ているところもあります。森ができるということは、動物たちにとっての新たな住処になります。これが昨今の現象で、破壊ばかりでもないと思っています。
ー 今後の構想があればお聞かせください。日本もたくさんの美しい自然が残っているので、ぜひ日本でも撮影してください。
『シーズンズ 2万年の地球旅行』は、生まれたてホヤホヤの赤ちゃんのようなものです。なので次回作についてはまだ考えていませんが、日本や日本の野生動物にはとても興味があります。幸運なことに、日本では北海道で鶴を撮影したり、『オーシャンズ』では日本の漁師の方の助けを借りて、巨大クラゲやムラサキダコを撮影することができ、それはとても素晴らしい体験でした。日本の美しさを撮影できるチャンスがあったら、とても嬉しいですね。
インタビュー後記
熱心に、いろいろなことを話してくれたジャック・クルーゾ監督。撮影方法についてスプーンをハリネズミに見立てて説明してくれたり、その驚きの撮影手法は、ぜひメイキングをつくってもらいたいほどでした。オオカミの狩りにバギーで並走する姿なども、きっと迫力満点でしょう。
シークエンスを削っても削っても3時間になる脚本も、多くの人の目に触れる映画になるまでには、やはりたくさんの苦労があるのだと感じました。なぜそんな大変な想いをしてまでドキュメンタリーを、そして映画を撮るのか、そこもちょっと聞いてみたかったですね。
『シーズンズ 2万年の地球旅行』は、インタビューをさせていただく前に字幕版を、そして2015年12月26日(土)に、キッズイベント主催の親子試写会で、笑福亭鶴瓶さんと木村文乃さんによる日本語ナレーション版を拝見させていただきました。日本語ナレーション版はとても良くできていて、今回、監督のインタビューをまとめながら、改めて監督の真意というか、監督がこの映画に込めた想いというものを、理解できた気がします。
動物と人類は、ずっと一緒に生きてきました。おそらく人類が動物に悪影響を与えていることの方が多いと思いますが、動物によってはお互いに助け合い良い関係を築き、動物によってはお互いの生活圏を守るために敵対しながら。しかし、ずっと一緒に生きてきたんです。そういう世界が、この先もずっと続いていくように。そしてそれには、多様性が必要なんだと、そんな願いと、次の世代へのメッセージが込められていると感じました。
鳥、海洋、そして陸の動物。次の作品の話をするのは気が早いと思いますが、個人的には、ジャック・ペラン監督とジャック・クルーゾ監督コンビによる生命のドキュメンタリーは、観てみたいですね。
ジャック・クルーゾ
1979年パリ第8大学映画科を卒業。80年から91年までフィクション映画の第一助監督として、多くの作品を担当し、フィクション短編映画も多く監督した。その後、数多くのドキュメンタリー作品やCM、特撮映像の監督などを経て、01年、ジャック・ペラン、ミッシェル・デバと『WATARIDORI』(01)で共同監督を務め、「WATARIDORI 〜もうひとつの物語〜」(01/TV)でも監督を務めた。02年から03年にかけて、ジャック・ペランと「Les Voyageurs du ciel et de la mer」をダブルアイマックス仕様で共同監督、その後『オーシャンズ』(09)の脚本共同執筆と海洋、海中撮影用の特殊技術の共同開発に携わり、セザール賞ドキュメンタリー賞を受賞。
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