絵本のティラノサウルスに一番近い存在
悪役のバルドが大好き、バルドに込めた想いとは?
ー 2015年6月6日(土)から公開となる映画「あなたをずっとあいしてる」は、2010年に公開された「おまえうまそうだな」に続く2作目となりますが、1作目とは映画に対する想いや伝えたいことなど、違いはありましたか?
1作目の映画は初めてのことだったので、何がなんだかわからないうちに終わってしまったような、でも “とても嬉しかった” という感覚が残っています。今回は脚本も書かせていただいたので、より深く作品に入り込むことができましたし、前回同様、声優としても少しだけ参加させていただき、5年経ってかなり熟練の域に達してきたなと(笑)、映画づくりを楽しむこともできました。
ー 2作目の「あなたをずっとあいしてる」は、大人でもハラハラドキドキしながら、子どもと一緒に楽しめる映画ですね。主人公のトロンと、悪役のバルドのシーンは胸に響くものがありました。
バルドは、僕の描いている絵本のティラノサウルスに一番近い存在だと思っています。僕の描くティラノサウルスは、いつも悪い役からはじまるんです。怖かったり恐ろしかったり、「食ってやる」というところからスタートします。でも出会いがあって、少しずつ気持ちに変化が現れてくるんですね。バルドも同様で、僕はこのバルドというキャラクターが大好きですね。
1作目では戦って死んでしまう悪役のキャラクターがいたんですが、それがあまり好きではなかった。だから今回、脚本を書かせていただいたときに、それはしませんでした。たとえ悪いと思われている人でも、真心とか優しさとかは持っているんじゃないかと、バルドにはそういう想いも込めました。
大切にしなければならない「あたり前」のことを描く
ー 宮西さんは「やさしさ」「思いやり」「勇気」の大切さというのを、絵本はもちろん映画、講演などでも繰り返し伝えようとされています。何かきっかけはあったのでしょうか?
きっかけというか、あたり前だったことが、今はあたり前ではなくなってきていますよね。「優しい心を持ちなさい」と教えられてきたけれど、優しくなくなっている人が多くなっている感じはありますし、「人を殺してはダメだよ」というルールがあるのにそれを守れなかったり。僕はただ単に、あたり前のことをあたり前に描いているだけなんですが、それを見てみなさんが、大切なことを「あっ!」と思い出してくれているような、そんな感じです。
昔と比べて物質的には豊かになっていますし、勉強もできるようになっているのかもしれませんが、心の部分をないがしろにしていて、ズレが生じている気がします。
ー そういうズレに気が付いたのはいつ頃からですか?
自分が子育てをしていて、学校でのいじめや先生の言動がちょっと変だったり、いろいろなところで少しずつおかしいなというのを感じていました。目上の人を尊重せずタメ口になったり、下を思いやるどころかいじめたり、バラバラになって悪い方向に向かっているのは、みなさんも気が付いていると思うんですよね。
その頃はまだまったく売れていなかったのですが、自宅で絵本を描いていて、そういうズレや、他にもいろいろなことを感じるなかで「ティラノサウルス」シリーズが生まれました。だから、大切にしなければならない、あたり前のことを書いているんですね。
絵本や映画から何かを感じとり
感じたことを親子で話し合ってほしい
ー 映画では「捕食」についてもしっかりと描かれていました。トロンは肉食のティラノサウルスで、この可愛らしいスピノサウルスを食べちゃうのかな、なんて思って観てしまいます。
僕の他の絵本でも、オオカミと豚、猫とねずみとか、そういう関係のものを描いたものがあります。でもだからといって、食べるものと、食べられるものが、けっして交わるわけではないんです。草食動物と肉食動物が最後仲良しになって、みんなで暮らそうとはなりません。そもそも違う生き方をする種なので、必ずギャップが生まれ、別れなければならない。そこはリアリティを持つようにしています。
ー “赤い実”もよく出てきますね。
僕の中では常にあるもので、描き続けています。それが何なのかは、読んでいるみなさんに感じとっていただければと思っています。
でも赤い実に限らず、お父さんやお母さんが子どもに絵本を読んだり見せたりするなかで、お互いに何かを感じとってほしいですね。感じ取ってはじめて人は行動に移すことができますから。「そうしなさい」とただ言われても、そうしませんよね。感じて、それを親子で話し合ってもらえれば、嬉しいですね。
僕はやりたいことをやっている
子どももやりたいことを、一生懸命やってほしい
ー 子育てで気をつけていたことや、気をつけていることは何ですか?
僕はそんなに勉強ができたわけではなかったけれど、お袋から「勉強しなさい」と言われたことがないんです。「宿題はちゃんとやりなさい」くらいはありましたが。だから僕も子どもに「勉強しなさい」と言ったことは一度もありません。ただ勉強しなくていいと言っているのではありません。僕も僕がやりたいことをやっているので、子どもにもやりたいことを一生懸命やりなさいと、その代わり中途半端じゃなく、一生懸命にやりなさいと言っています。
あとはルールを守りなさいとは言いましたね。ルールというのは家には家の、学校には学校の、世の中には世の中のルールがあります。ルールを守っていれば、あとは好きにやりなさい。何かあれば僕があやまるし、責任はとるからと。もちろん、“ルールを守る”というのが前提ですよ。
ー お子さんが小さい頃は、ずっと家でお仕事されていましたよね。
そうですね。多くのお父さんは朝会社に行くでしょうから、うちは真逆でしたね。子どもが何を感じていたかはわかりませんが、うちはこれがあたり前と思っていたんじゃないですか。ほかとは違うなと思っていたでしょうけど。子どもが小さい頃、僕が28歳〜38歳くらいまでは本当に売れていなくて仕事がなかったので、ずっと家にいて、しょっちゅう子どもと遊んでいましたから、子どもたちは楽しかったでしょうね。
ー ご自身はその状況で不安などはなかったのですか?
全然不安にならなかったですね。楽しかった。アルバイトはしていましたけど、なんとかなるというか、大丈夫と思っていました。でも今考えると恐ろしいですよね。だって何も保証もないし‥‥。あの頃、子どもの保育園の料金は無料でした(※市区町村などの自治体が経営する保育園は、収入に合わせて保育料が決まるため)。収入がなかったので、みなさんの税金で子どもたちは保育園に行かせてもらい、絵本を読んでもらい、お昼寝をさせてもらい、カロリー計算された給食やおやつを食べさせていただき、家にいるよりも良い物を食べていました。だから、僕が保育園に行きたかった!(笑)
いつの時代も将来は不透明
今ある現実で、子どもに愛情を注ぎ、一生懸命がんばろう!
ー 10年ほどご苦労されて、でも続けることで今に至っています。将来が不安でなかなか2人目が産めなかったり、そもそも子どもを持たない選択をする方もいます。今、あまり良い将来が見えない中で、子どもはどうやって育てていくのがいいと思いますか?
先が見えないのは今も昔も変わらないですよね。僕なんて本当に先が見えなかった。会社に入っているわけでもないし、絵本が売れる保証もない。それでも子どもを育ててこられました。だから、そんな不安なことばかり考えていたら生きていられないでしょ。それより今ある現実で、この子のためにいっぱい愛情を注いで、一生懸命がんばろうと、僕は、それだけで十分だと思います。
しかし余計なことを考えて、なんとか自分が得したいとか、人を押しのけてとか、そういうことが、さっきも言った “ズレ” を生み出し、社会が乱れていくんだと思います。一人ひとりが壊しているんですよね。それにみんなが気が付けばいいなと思っています。
ー 最後に、映画「あなたをずっとあいしてる」の見どころを教えてください。
お母さんの愛情やお父さんの愛情、友だちとの友情やトロンの成長、そして悪役バルドの変化というのがよく描かれています。なので、なんでバルドは変わっていったのかとか、家族でこの映画を観て、いろいろと感じたことや思ったことを話し合ってもらえたら嬉しいですね
宮西達也(みやにしたつや)
1956年、静岡県生まれ。日本大学芸術学部美術学科卒業。人形美術、グラフィックデザイナーを経て絵本作家になる。愛情あふれる物語と独自の魅力的なキャラクターと色づかいで、たくさんの作品を生みだしている。主な作品に『おまえうまそうだな』(けんぶち絵本の里大賞、ポプラ社)、『おとうさんはウルトラマン』(けんぶち絵本の里大賞・びばからす賞、学研)など多数。2010年秋、<ティラノサウルスシリーズ>を原作とした映画『おまえうまそうだな』が公開。2015年6月6日(土)<ティラノサウルスシリーズ>映画第2弾となる『あなたをずっとあいしてる』が公開。
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