
「未来」など、見えないものを展示
日本科学未来館のキュレーターはプロデューサー的なお仕事も
ー 2015年5月まで開催されていた企画展「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」※は、大盛況でしたね。
企画展の閉まる16時30分くらいになると「帰りたくない!」と泣き叫ぶお子さんたちがいて、そんなことは初めてでしたね。お父さんに抱えられて連れ去られるように帰られた方もいらっしゃいましたし、常設展などを見てからもう一回来ようって約束したんでしょうね。「もう一回入るのっ!」って入口で地団駄踏んで泣いている子もいました。地団駄ってこういう風に踏むんだって、久しぶりに見ました(笑)。
※ 企画展「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」体験レポートはコチラ!
ー 最近「キュレーション」や「キュレーター」という言葉をよく聞きますが、内田さんのキュレーターとしてのお仕事はどのようなものですか?
便宜上「キュレーター」と言っていますが、仕事内容としてはテレビやイベントのプロデューサーに近いかなと思っています。基本的には、ある専門性を持って企画を立て、展覧会を実現するところまで持って行くのがキュレーションという仕事の骨格です。しかし、たとえば美術の場合は、その展覧会に合った作品を選ぶというのが一番大切な仕事で、展示の方法は基本、並べるディズプレイです。

ー 展示したい作品を集められるかが大切なんですね。
そうです。だから美術や歴史系の博物館にいる方々は、この宝物はどこの美術館やコレクターが持っているかなど、そういう知識やつながりが一番の価値になります。
でも日本科学未来館の場合は、展示する内容自体が「未来」「ナノテク」「素粒子」「iPS細胞」など、見ることが不可能なものやなかなか見えないものを扱うので、その世界観を想像できるストーリーを立て、視覚化することが必要です。そこでデザイナーやアーティスト、ミュージシャンなど、才能ある方々に関わっていただき、視覚化する方法を探っていきます。そこをアレンジメントするというのは、キュレーションというよりも、プロデュースとかディレクションという仕事になると思っています。
展覧会が開催してからも、お客様からのフィードバックを取り入れて日々修正しています。私は「四次元メディア」という言い方をしていますが、長期間の展覧会は時間軸で少しずつ変わっていくメディアだと考えています。開催期間中にイベントを入れたり、今日のように取材があっていろいろなメディアの方に紹介していただいたり、それぞれの専門家がいろいろな仕掛けをつくり、最終的にひとつの展覧会として、おもしろさを生き物のように成長させていくことを目指して、しつこく、細かく見て考えて、修正するようにしています。
ー お客様のフィードバックによって、具体的にどんな変化をされたことがありますか?
細かいところでは説明文がわかりづらいというのがあれば書き換えたり、ワークシートをつくって展示を回りやすくしたり、より見やすくするために照明を変えたり。
一般的に企画展は常設展よりオープン時の完成度は低いんです。常設展は長持ちさせるためにオープンの1ヵ月半くらい前からランニングテストを行ない、テスト参加者の意見を聞いて修正し、かなり詰めてから一般公開します。しかし企画展の場合はそこまで時間をかけられません。オープニングの日の朝まで準備に追われていることも多いので、オープンしてから最初の1、2週間はいろいろ変わりますね。そこがやっかいで、でも楽しいところですね。
たとえば2015年の企画展「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」。私自身もあれほど頻繁に内容が変わった企画展は初めてでした。チームラボさんの希望もありましたが、インタラクティブな展示の反応がもっと早い方がいいとか、もっとタメた方が楽しいんじゃないかとか、お客様の動きからわかることも多いので、相当頻繁にチューニングしました。「3D お絵かきタウン」※では最終的に街の種類が7〜8バージョンにまでなりましたし、企画展の後半には新作も追加され、作品数自体も増えましたね。
※ 3D お絵かきタウン
クルマやビル、UFOや宇宙船など、みんなの描いた絵が3Dとなり、宇宙のまちをつくっていく作品。

大変な方が楽しい! 企画展「GAME ON」ただいま準備中!
ー 今は3月開催の企画展「GAME ON 〜ゲームってなんでおもしろい?〜」の準備の真っ最中だと思いますが、どこまで進んでいるのですか?
企画のメンバーで喧々諤々、私はこのゲームを入れたい、僕はこれを入れたいというのがありましたが、やっと取り上げるべき120以上のゲームタイトルのリストができて、9つのゾーンに分けた展示会場の、どこにどのゲームを置くかなどを考えています。
あとはインタビューの展示や、ソニーさんが提供してくれるバーチャルリアリティ(VR)システム「PlayStation® VR」の運用方法をどうするかとか、いろいろと仕掛けもあるので、そのコンテンツづくりを進めています。
また、これから1ヵ月かけて展示物のコンテンツホルダーから展示の許諾をいただく作業を進めます。3週間後にイギリスからセットアップのクルーが来て、2週間後には荷物が届くので、その頃から “ウワーッ!”となってきますね。
ー すごく大変そうですけど、お顔を見ていると楽しそうですね。
楽しいですよ、もちろん! 大変な方が楽しくないですか? 紙のメディアは二次元のプランニングを二次元のものにしますが、私たちは二次元で考えたことを2週間くらいで “ガッ”と空間に立ち上げて、そこをお客様が歩けるようになるんです。その2〜3週間が、すごく楽しいんですよね。紙のうえで考えていたものが目の前に現れると、あっ、あれがこうなるんだとか、思った通りにできているとか、ここはもうちょっとこっちにしておけば良かったとか。
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ゲーム的な考え方が世の中を変える! ゲームの中に見る新しいヒント
ー ゲームって、親からするとあまり子どもには触らせたくないものだと思うんです。今回、なぜ日本科学未来館でゲームの企画展になったのでしょうか?
ゲームのように、たった半世紀でここまで進化したひとつのメディアって他にないと思うんです。そして、この進化は、テレビや映画のように基本的な技術は変わらずコンテンツだけが変わっているというものではなく、情報技術というテクノロジーそのものと、それに合わせたコンテンツが目まぐるしく絡み合いながら50年でこんなにも世の中に浸透してしまった。巨大生物というか新しい生命みたいな、そういうものだと思うんです。だからひとつには、今までの歴史や進化をもう一度捉え直してみたいというのがあります。
もうひとつは、今までのゲームはキーボード、ディスプレイ、コントローラといったコンソールや、人間の外にあるインターフェイスでプレイしていました。ところが、これからVR(ヴァーチャルリアリティ)という技術になって、より身体的な体験をするようになる。今までできなかったこと、感じることができなかったことをVRを通して体験・体感できたとき、人間ってどうなっちゃうんだろう、どう進化するだろうと、人間の可能性を一段階あげることができるかもしれないと考えています。技術的にも、そういう進化のタイミングだと考えています。
さらに今までゲームが培ってきたノウハウが、社会にも役立ってくると考えています。「ゲーミフィケーション」と言われますが、たとえば企業で社員のモチベーションをあげたり、戦略を考えるにもゲーム的な考え方が役に立ったり、ゲームのノウハウが使われるようになってくると思っています。
今回の企画展でも展示しますが、「マインクラフト」というゲームがあります。シューティングなどの何かをクリアするゴールはなく、ブロックを使って世界をつくっていくようなゲームで、レゴのデジタル版みたいなものですが、こういうものが教育の現場で使われるようになってきています。昔はゲームと言えば遊びで、勉強と対立していたのですが、これからは「遊ぶ = 勉強」のように、学び方をはじめ、世の中を変えていくのはゲームかもしれないと思っています。
ミュージアムは、ある現象を歴史的に意味付けする活動を行ないます。日本科学未来館の場合は “次の未来を考えよう”というのがテーマです。ゲームという題材は50年を振り返るには十分なボリュームがあるとともに、今後の社会のあり方、教育のあり方、遊びのあり方、そして私たちの生き方みたいなことに対して、新しいヒントを与えてくれるのではないかと考えています。

ー 日本科学未来館のコンセプトは「科学を文化に」ですが、それともリンクしていますね。
テレビゲームって、科学が文化になった象徴的なアイテムだと思うんですよね。
ー ゲーム的な考えが社会や子育てに役立つという「ゲーミフィケーション」ですが、具体的にはどのように役立ちますか?
ゲームには、ゴールすると報酬が出るとか、クリアするためにハードルがあるとか、いくつかの根本的なルールがあります。そういうルールをうまく設定することによって、ただ仕事や勉強をさせるのではなく、モチベーションをあげることができると思っています。チームで何かをする際にも役立ちます。ゲームには多くの人がハマりますよね、モチベーションをあげたり、継続する気持ちを持たせたり、その仕掛けは、ゲームが培ってきたもののなかにあるはずだと思っています。
またVRのような新しい技術では、現実世界からそっちの世界に行って抜けられなくなっちゃう人がいるんじゃないかという懸念もありますが、ある研究者は「現実がより幸福になる可能性がたくさんある」と話しています。
その研究者の研究室(東京大学大学院情報学環 暦本研究室)には3面に映像を映すことのできるプールがあって、映像が宇宙や空になると、宇宙遊泳や空を飛んでいる感覚を得ることができます。たとえば運動が苦手な人が、こういう技術を使って “できる感覚”を身体で覚えることで、実際にできるようになるかもしれません。できなかったことができるようになる感覚で幸福を得られるわけです。
ー 先ほど、VRが “人間の可能性を一段階あげることができるかもしれない”とおっしゃっていたのが腑に落ちました。“できた”という疑似体験をきっかけに、実際にできるようになるかもれしれないのですね。
そうですね。そして今後、高齢化社会になって思うように動けない方たちが増えたときに、これでどこかへ行ったような気持ちにもなれる。体が動いていなくても、脳が刺激を得られていれば、そう感じるんです。クオリティ オブ ライフが、こういう機器のおかげでアップするかもしれませんね。
誰もが元気に100歳まで生きる、別次元の世界へ
ー 日本科学未来館でもすでにアンドロイドロボットが働いていますが、情報技術が進化すると、今後はAI(人工知能)がもっと普及してきます。2045年にはAIが人類を超えると話題になっていますが、それはどうお考えですか?
シンギュラリティ(技術的特異点:人工知能が人間の能力を超えること)の問題は、“超える”という定義もいろいろあるので一概には言えませんが、計算能力はもちろん、人間よりもコンピュータやロボットの方が、いろいろなことができるようになるのは間違いないと思います。
でもそれが人間にとって不幸なのか、恐怖かどうかは、まだわからないと思っています。技術は絶対に進歩してしまいます。止められないものなので、それをどう使うかですね。社会制度をつくるのは人間なので。そのうちそれもコンピュータがつくるようになるかもしれませんが。
アンドロイドロボットを開発した石黒先生は、おそらくそのうちロボットに人間が飼われているみたいな、本当の未来は、そういうふうになるんじゃないかと言っています。私はそれもちょっと納得感あるかなって思っています。私たちが犬や猫を生き物って可愛いなって、まるで自分たちは生き物じゃないみたいに言うじゃないですか。ああいうふうに、人間がロボットのペットになるんじゃないかっていう説ですね。
でもそういう問題提起があって、実際にそれを実現できる技術があるということを知ったうえで一人ひとりが生きた方が、地球全体としては賢くなるかなと思っています。だから美容院とかでもこんな話をしたりして、いろいろなところで科学技術のおもしろさの布教活動をしています。

ー 内田さんの今後の目標や夢は?
日本科学未来館は開館15年して経って、いろいろなことができるようになってきています。オバマ大統領やメルケル首相もいらしたり、みなさんが日本科学未来館のステージをあげて見てくれるようになったと思っていて、それは上手くいっているなと感じています。でももっとできるという手応えもあります。「GAME ON」のあとに常設展のリニューアルを控えているのですが、取り扱っている科学のトピックスにしてもデザインにしても、相当新しく、いい感じだと思っています。世界的に見ても美しくて知的なユニークな活動ができていると思っているので、今の延長戦上で、2020年の東京オリンピックまでにあと2段階くらいアップしたいですね。
個人的には、100歳まで生きると思っているんです。これは私だけじゃなくて、今40代くらいの人から下は、みなさんが対象です。“運が悪くなければ”亡くなる直前まで比較的元気で生きられると思うので、そうすると50歳だってまだ人生半分じゃないですか。だから今までミュージアムで得てきた知識や経験を他の分野でも展開する方法があるのかなと考え中です。
ー 100歳までですか。VRにAIもあって、私たちが子どもの頃とは別次元の世界になりそうですね。
そうですね。100歳まで元気だと、やることがないというのが一番辛い。だから人生のゲームプランは、ちゃんと考えた方がいいですよ(笑)。
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企画展「GAME ON〜ゲームってなんでおもしろい?〜」
前代未聞の“ゲーム”をテーマにした企画展「GAME ON 〜ゲームってなんでおもしろい?〜」が、2016年3月2日(水)〜5月30日(月)まで、日本科学未来館(東京・お台場)で開催します。
本企画展はコンピュータやインターネットなどの情報技術とともに進化を続け、世界中のエンターテイメントを変えたテレビゲームの進化を一望する展覧会です。2002年に英・ロンドン市のバービカン・センターでの開催以来、世界中を巡回し200万人以上魅了してきました。
日本初上陸となる本展では、「ゲームってなんでおもしろい?」をテーマに、オリジナルコンテンツを多数追加! リアルとの領域を越え、実社会に大きな影響を与えるようになったゲームの社会的、文化的な意味について、そして未来について、来場者のみなさんとともに考えます。
インタビュー後記
どうすれば子どもがやる気を出すか、今も昔も親にとっては大きな悩みごとのひとつだと思います。せいぜいニンジンのようにぶら下げる使い方しか思いつきませんでしたが、目の敵にしていたゲームの中に、それを解決してくれるノウハウがあるなんて、「昨日の敵は今日の友」みたいでおもしろいですね。
お父さん世代にとってのテレビゲームやコンピュータゲームは、ただひたすらに時間とお金を消費するものでした。だからゲームに対して良いイメージが少なく、後ろめたく感じてしまうのでしょう。
しかし、ゲームをはじめとする情報技術のこれからの進歩は、お父さん世代が過ごした子ども時代とは、まったく異なる世界をつくり出しそうです。今回の企画展「GAME ON 〜ゲームってなんでおもしろい?〜」は、そんな未来を感じさせてくれそうです。内田さんのおっしゃるように100歳まで元気で生きられるなら、この世界は、そして人類はどのように進歩していくのか、体験してみたいですね。
「AIによって人間がコンピュータのペットになってしまう」という話は、後日、車の安全技術についてのテレビ番組を見ていたときに、「こういうことかも」と、なんとなく気がつきました。自らの意思で操作しているようでも、すべてはコンピュータの管理下に置かれ、安全を確保された中で運転をしています。まるでお釈迦様の手の平の上にいる孫悟空のようです。おそらくお釈迦様は慈しみの目で孫悟空を見ていたことでしょう。人間も、そんなふうに人工知能から見られるようになるのかもしれないなと。勝手な解釈ですが。
とても楽しそうに仕事の話をしてくれたのが印象的だった内田さん。VRやAI、寿命など、近未来の話はとても興味深いものでした。企画展「GAME ON 〜ゲームってなんでおもしろい?〜」の開催まであと2週間ほど(2016年2月14日現在)。日増しに忙しくなっていくと思いますが、お体気をつけてください。拝見させていただくのを楽しみにしています!
内田まほろ
日本科学未来館 展示企画開発課長 キュレーター。アート、テクノロジー、デザインの融合領域を専門として2002年より勤務。2005年〜2006年から文化庁在外研修員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務後、現職。企画展キュレーションとして「時間旅行展」「恋愛物語展」「THE 世界一展」「チームラボ」など多数。シンボル展示「ジオ・コスモス」のプロデュースでは、ビョークやジェフミルズとのコラボレーション企画を手がけるなど、大胆なアート&サイエンスのプロジェクトを推進している。慶応義塾大学大学院、政策メディア研究科修士。チューリッヒ芸術大学、舞台・展示空間学(セノグラフィー)修士。